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選択肢の増加に伴う不幸感について

私は長いこと、「選択肢の増加に伴う不幸感」というものを感じていました。

つねに、「これよりもっといいものがあるはず」「もっといい選択があったのでは」
などという強迫観念に付きまとわれ、
「選べる幸福」なんてのはそういった恐怖にすぐに押しつぶされてしまうんです。

私は攻略本なしでRPGをプレイすることができなかった。
そうしないと、ゲーム途中で出てくる分岐点を、すべてくまなく押さえてからじゃないと先へ進めなかったからだ。
「あそこであっちを選んでたら・・・」そんな心配をすべて虱潰しにしてからじゃないと先へ進めなかった。
(逆にいえば、それがやろうとすればできるからこそ、そんな非効率的なことをしていたわけだが)


しかし、現実世界ではさらに問題はさらに深刻度を増します。
刻一刻迫り来る現実の選択は、選択肢の数、分岐点の多さの点でゲーム中のそれの比ではありません。
さらには現実なのでもちろんやり直しなんてできるわけもない。


やはり私は、選ばれなかった選択肢の可能性にどこか神経質になってしまう傾向があるため、極度に自由度の増した状況では、こういった弊害はある程度避けられないようです。


私は東京という都市を「潔癖症の都市」だと考えているのですが、
それはまさしくこういった点についての話です。
ありとあらゆる可能性が生み出され、
「やろうと思えばなんでもできる」と思わせてしまうような状況で、
程度の差こそあれ、誰もが常に、膨大な数の選択肢の中から、よりよい選択肢の追求、そしてその終着点としての妥協を繰り返しながら生きていかなければいけない、そんな街だということです。
いつあきらめるにしろ、多くの人が完璧・完全を目指す、というダイナミズムの中に取り入れられてしまうのです。


私は長いこと、こういった考えは不適切で幸福かぶれしたものだと思い、言外しないようにしていました。
「選択肢をまったくもたない人よりかは明らかに公平で幸福な状況にいるじゃないか」という合理的(私はあえてここで子の考え方を教義的、と呼びたいのですが)考えがあったからです。


今日の講義において、認知心理学の講義がありました。
そこにおいて、「選択肢の増加に伴う不幸感」を支持する理論と実験結果を学びました。
私はここで、決してその理論が正しいとか、そういうことを言おうとしているのではありません。
(認知心理学的な実験の「正しさ」は疑うべき点がとても大きいですから)
そうではなくて、「そういったことを証明しようとする実験が行われ、それが講義の内容として取り扱われた」ということ自体が重要なのです。
つまり、「選択肢の増加に伴う不幸感」に悩まされる、という事は案外一般的なのかもしれない。
そう思ったことが今日こういった文章を書くことにした理由です。


上で、今まで私はこういった考えをある意味で抑圧してきた、と言いましたが、
もし、こういった考えがある程度一般的なのだとしたら、
私はそれを抑圧するのではなく、対処しなければならない、と思うのです。
今日の講義において教授は、「追求者であるよりも満足者であれ」といった(ようするに、完璧を求めればきりもなく、後悔の念からは逃れられないので、身の回りの幸福での満足を目指しなさいと言った意味)教義的な示唆で講義を締めくくっていましたが、私から言わせればそんなものクソくらえです。

確かにある程度そういった考えが必要なことは認めます。
でも、それですべて問題なし、ってわけじゃないと思います。
いつでも追求者であるのは破滅につながるだけだけれど、
なんかとっても大事なものに対してぐらいは、
あるかどうかも分からない(この認識は重要だと思います)完全を目指す追求者であってもいいんじゃないでしょうか。。。
でも、それじゃあ幸せになれないのかなぁ?


なんだか弱い結論になっちゃいましたけど、いっぺんに書いたら疲れちゃったので、とりあえずここら辺で。読んでくれた方、ありがとうございました。
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コメント一覧

俺はどっちかっていうと「選択肢の増加に伴う不安感」をよく感じるわー。
だから選択肢に遭遇する前の早いうちからできる限り選択肢が少ないほう少ないほうに、、、
って自然と逃げ腰になっちゃう。

ちなみにRPGは攻略本見ないと確かに心配。
でも攻略本見てやった後に残るのは疲弊感だけだよね。

コメントありがとうございます。

なるほどですね、、、、それは私もそうかもしれない。
でも、それもこの不安感に対する現実的に有効な対処法なのかもしれないですね。
>攻略本見てやった後に残るのは疲弊感だけ
ここがまさに重要なところなんですよね。そうなることを分かってるくせに、
私は不安感に打ち勝てないんです。
もう少し、精神的労力を減らして上手に折り合いをつけられれば、と常日頃思っているんですけどね。。。。

何かいまさらだけどコメント。。しかもありきたりだけど↓

私も何か選択するとき、すごく神経質になる。やっぱり自分にとってベストな選をしたいと考えるからだと思うけど。
私は今まで選択肢を与えてもらえない情況にいて、最近やっと自分で選択できるようになったんだけど、いつも思うのが、私の自己満だけど、悩んで、自分自身で選択したものなら私は後悔しない。で、その選択肢の中で私なりの完全を目指します。ほんと、性格の問題だと思うけど、完全を目指さないで何を目指すのかなー?って疑問。。この記事が言いたいのはこんなちっちゃぃ事じゃなかったらごめんなさい。でもなんにしろ後悔しないようにしたいよね。  ところで、私は満足者?追求者?

ほんとに返事遅くなって申し訳ない。

なるほど。まぁ、俺が行った分類に従えば、間違いなく満足者に入ると思う。でも、大事なことは、追求者たる視線を持ちえたまま満足者を目指す、という形でうまく折り合いがつけられてるように見えること。それってすごくすばらしいことなんじゃないかな。そんな感じでうまくバランスを取っていくことが、きっと「上手に生きる」ってことなんだと思います。
とにかく返事が遅くなってごめんなさいでした。。

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