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『可能性』そのあり方とは?

今日は少しまじめなお話を。

先日、友人と会話していたときに、私の「がんばる」という言葉に対する特殊な解釈について議論になったことがありました。

例えばある人が大学に合格することを目指して勉強するような状況を考えます。
ある一定期間を受験生として過ごし、ある程度真面目に勉強をしましたが、
その一方で、ついついかなりの時間を遊びに費やしてしまいました。
そしてその結果、その人が大学に落ちてしまったとします。


さて、果たしてこの人は「がんばらなかった」から受験に失敗したのでしょうか?

その時の私の考えでは、答えはノーでした。
一般的な意味で言う「がんばれなかった」も、結局はその人の実力のうちであって、
それも含めて『がんばった』結果としてこの人は大学に落ちたのだ。
というのが私の考えだったのです。

今でもこの考えが根本的に問題があるとは思っていないのですが、
私の思考の問題は「がんばらなかった」という言い分に対する違和感を、
「がんばる」という言葉の解釈の変更によって解消しようとした点にあります。

わたしが使った『がんばる』の意味の説明において「がんばる」という言葉
(「」と『』によって区別させてもらっています。)
の意味を使っていることからもわかるように、やはりこのがんばるという言葉の意味の拡張は無理矢理だったのでしょう。


それでは、私が感じた違和感の原因は結局なんだったのでしょうか?

私は、頑張らなかったから失敗した、という言い分が内包している、
もしあのとき頑張っていれば成功した、という主張にこそ問題があるように感じます。

端的にその問題点を指摘するならば、
過去に対して可能性を持ち出すこと、それが問題なのです。

ではなぜ、過去の可能性を考えることに問題があるのでしょうか。

まずは、現在における可能性という考え方の規定から始めましょう。
(論点を明確にするために、ここでは私たち、主体的な意識を持つと考えられているものたちの可能性について話を限定したいと思います。)

『現在における可能性というのは、後続する時間における私たちのあり方に対する選択の自由度である』

この規定は、一般的な「可能性」という言葉に対する直感を説明したものとしては十分なように思えます。

ここで、過去の可能性を考えることに関する問題点が明確になっています。
『可能性』という言葉の本質は選択に対する自由度なのであって、
既に過ぎ去り、二度と再現されることのない(永劫回帰のない)状況に対して『可能性』を考えることはできないのです。
あるのはただ確定した事実のみであり、そこに選択の余地はありません。
それゆえ、『過去の可能性』などという考えは明らかな誤りなのです。


私は、以上のような考えで私の違和感の原因を説明し尽くしたかのように考えていました。


しかし、『過去の可能性』は、次のようにも定義できるのです。
『過去の可能性というのは、過去のある時点において存在していた、それに後続する時間における私たちのあり方に対する選択の自由度である。』
上に挙げた『現在の可能性』が問題ない定義であるならば、この『過去の可能性』も同様に問題ない定義となるはずなのは明らかです。


そうすると、この議論には明らかな矛盾が存在するのです。
問題は私が行った『現在の可能性』の定義にあるのでしょう。

それでは、私たちが直感的に信じる『可能性』ひいては『主体性』は幻なのでしょうか!?
私の思考はここで行き詰まってしまいました。
それで、いろんな人の意見を聞いてみようとブログに投稿してみた次第です。

皆さんのコメントをおまちしてます!
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コメント一覧

凄く興味深い記事でしたので、コメントさせていただきます;;

まず、「がんばる」の件についてですが、「がんばる」とはある目標に向けて、困難に耐えて努力することを意味します。「努力」とは心をこめてことに当たること、つとめはげむことです。このことから、僕の意見としましては、やはりT+Wさんの例に挙げられている方は「がんばらなかった」あるいは「がんばることが出来なかった」のだと思います。

また、現在、過去の「可能性」についての話ですが、過去の~と論している時点で、T+Wさんの考えはやはりどちらも「現在」を軸として考えているように感じられてます。僕は可能性を論じる際に注意しなければならないものとして、ある時間軸のある時点においてその時、その時の視点に立たなければならないということを挙げます。簡単に言うとT+Wさんの考えと僕の考えで決定的に違うのは「視点」です。

僕は普段直観的に感じている、「あの時もしも~だったら」とかは別段におかしいことではないと思いますし、主体性だって幻なんかではないと思っています。

あなたの考えを否定するようなコメントで申し訳ないと思っていますが、もし気分を害してしまったのならアホの子の戯言だと思って聞き流してくださいませ。

長々と失礼いたしました。

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