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常識と非常識の狭間

昨日家庭教師に行って夕飯をご馳走になっていた時の話です。
私の生徒のお兄さんは現在美容師を目指して勉強中なのですが、
そのお兄さんの友人がある美容室の採用試験に行った時の話。

その美容室はシャンプーからカット、パーマやスタイリングなど、
全ての行程を一人の美容師の人が行うというちょっとかわった美容室だそうで、
写真家やファッションスタイリストの方たちともつながりのある、
どちらかというとアートよりな雰囲気を持つ美容室なようです。

その採用試験でされた質問の中で話題に上がっていたのが、

「私たち(美容師さん)は常識と非常識の間で仕事をしていますが、そのことについてどう思いますか?」

という質問でした。

質問としてはあまり適切な類のものではないと思いますが、
個人的に興味を惹かれたのでここでこの質問について少し考えていきたいと思います。

質問を額面どおりに受け取って当たり障りの無い答えをするとすれば…

個性を表現する上で常識から逸脱することは必要不可欠ですが、
ただ常識を否定するだけのアナーキストになるならばその表現もまた無意味なものになってしまいます。
なので常識と非常識の狭間で表現を成立させようとするその信条は素晴らしいと思います。

とでもまとめるのがいいのでしょうか?
正確なことは正直私にはよくわかりません。

さて、長い前置きでしたが、ここに私が本当に取り上げようと思っていた問題が浮き彫りになっています。

まず、「常識を否定するだけのアナーキストになるならばその表現もまた無意味なものになる」という命題。
自由、罪、愛、それに生と死、その他もろもろの意味や価値は社会の中で初めて規定されうるものなのは明白です。
そして常識とはその社会における規範、つまり価値や意味を規定するための尺度となるものです。
つまり完全な常識の否定においてはあらゆる価値や意味はその効力を失い、
私たちの存在は正しく「木っ端微塵に」打ち砕かれ、引き裂かれます。
そんな生き方は、私にはまず不可能なように思われますし、私の薄弱な想像力によってもその生き方の想像を絶する苦しさを予感することができます。

そして結論としての「常識と非常識の狭間」
こんな言い方に果たしてどんな意味がありえるでしょうか?
単に「狭間」という言い方をしましたが、それはいったいどのような「狭間」なのでしょうか?
たしかに、ある部分で常識に従い、ある部分で常識から逸脱した言動をすることによって、一見常識と非常識の狭間に身を置くことに成功したように思えますが、それは全くの幻想です。
「常識に反する行動」としての「非常識」(ここはあくまで「」つきの「非常識」です)は常識にのっとった価値基準からの話をしている以上、非常識ではありえないのです。
つまり、そういった言動は逆説的に常識の持つ力を認め、それに服従する行為だと私には感ぜられるのです。

この質問で問われたのは非常識であることなのか「非常識」であることなのか、
単純な質問ですが、突き詰めてみるとおもしろいですよね。
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