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コミュニケーションとかブログとか

私たちが発する質問の中で、どうしても答えないでいることの方が、自分の意見を伝えてしまうことより正しいように感じられる質問は、とても多いと思います。
そしてそれはしばしば、私たちの存在の根幹に関わるような問題についての質問なのです。
(だからこそ、私たちは歳を取るごとに一番大事な問題に口をつぐむようになるのだし、むやみにそういった話題を口に出すことは避けられるべきであると思われるのでしょう)
こういった質問に対し、自らの意見を相手に伝えると、その意味は致命的な変形を受けた上で相手に伝わります。それはどのような努力をしたところで克服しようのないことです。この種の問題がそれぞれの存在の固有性に深く根ざしたものであるがゆえに、件の意味の変形は起こるのですから。

ところで、私たちが他人と意思疎通を行う場合、多かれ少なかれ私たちの意味するところのものはその伝達を通じて変形を受けます。それゆえ、私たちは普段他人とコミュニケーションをする場合に、相手に伝えることによって起こりうる変形をある程度シミュレートして、それに応じた変形を自らの意味するものに与えた上で相手に伝えていることが多いと思います。(e.g. 相手に良く思われるような振る舞いを無意識的にすることなど。またさらに言うと、集団の中でのキャラ作りをすることなども)
しかしながら、そういった情報の発信は、相手に受け取られる自我像と、自らの持つ(目指す)自我像とのズレををある程度修正することができますが、まさにそれゆえに自分が感じ取るところの自我像と自分の目指す自我像とのズレを拡大させてしまうのです。
だからこそ、昨今多くの人が文章によって語りだしたのだと思います。
すばやい状況の変化が生み出され、対立的な立場に立って進められることの多い会話によるコミュニケーションに対し、文章によるコミュニケーションでは、私たちはしばしば、読者でありながら、文章を紡ぐ側に立っていることがあります。まるで同じ場所にたって同じ景色を眺めるように。
この文章の特性に、私たちは自分の“思ったままを伝える”という幻想の実現を託したのではないのでしょうか?
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