日々思うことを、気まぐれに書き記しております・・・。         また、旅行記も書いたりしています。どうぞお楽しみください。

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東京さんぽ

今日は先日の日曜日の話です。

午後三時、寝坊した私はようやく学校の図書館の前にやってきていました。
ほんの数台しかとめられていない駐輪場、電気のついていない図書館。
なんだか寂しげな雰囲気が漂うのは曇り空のせいだけではありませんでした。

『本日休館』

図書館の前に申し訳なさそうに、しかしはっきりと張り出されたこの四文字を見て、
私はこの日を東京散策に費やすことを決意しました。

目的地は皇居。
東京に出てきてはや四年、実は私は皇居をしっかりと見たことがありませんでした。
そんなわけで、この日の目標は自転車による皇居一周ということに決定。
肌寒さの一層強くなった秋の曇天の下、颯爽と空気の抜けた自転車を漕ぎ出しました。

思い付きでの決定なので地図なども持ってるはずは無く、
たまにある道路標識だけを頼りに皇居を目指しました。


・秋葉原
まず、最初に通過したのは秋葉原。
休日の秋葉原、さすがの盛況っぷりでした。
歩道には人が溢れ、ぼろいママチャリで車道を行くのはなかなか恥ずかしかったです。
美少女キャラクターの大きな看板の下に人が群がっている姿は、
今の東京の象徴の一つとも言える風景でした。

・神田
続いて通過したのが神田駅周辺のガード下。
ものものしい鉄橋の薄汚れた姿には昭和の雰囲気が漂います。

・日本橋
もともと東京駅を目指していたのですが、途中から気が変わり、道路標識に従って日本橋までやってきました。
東海道の始点であり、日本の道路の始点と言っても過言ではない日本橋。
ここも私は初めて訪れる場所でした。
まず驚いたのは、この周辺の建物の建築様式。
明治、大正期の西欧建築を模した堂々たる建築がところどころに残され、
新たな東京の一面を垣間見ることができました。
三井本館、日本銀行、日本橋三越など、どれも一見の価値ありです。
そして日本橋。
日本橋自体を初めて見たことによる感慨もありましたが、
それより衝撃的だったのが、日本橋の上を垂直に交わり、川の上を行く首都高速道路。
歴史的な景観をぶち壊してるのは言うまでもなく、
なんと川の上を行く道路という、グロテスクとも言えるような光景。
(その後の散策でもこの周辺の多くの川の上に高速道路が走っていました。)
高度経済成長時代のなりふり構わないパワフルさ、
脂ぎった時代の雰囲気を目の当たりにした気分でした。

・丸の内
日本橋から皇居の方に向かいながら、今度は目の覚めるような美しい高層ビルの林の中を抜けていきました。
ただ高いだけのビルではなくて、個性的なビル(堂々としていたり、繊細であったり、優美だったり、力強かったり、奇抜だったり)がいくつもあって、目を楽しませてくれました。

・皇居
幾つかの回り道や、迷い道を経て、ようやく皇居に到着しました。
大手門についたのが午後四時ごろ。
東御苑の閉園時間ぎりぎりだったので、少しだけ中を見てみることにしました。
が、しかし。
ほんとに閉園時間ぎりぎりだったため、十分ほど公園のような部分を歩いて管理の人に追い出されてしまいました。
中は結構広く、よく整備された公園になっていたので、
次回はもう少しゆっくり時間をとってまわってみようかと思いました。

そしてそれからようやく本来の目的の皇居一周。
日曜日だったからなのか、遊歩道では非常に多くの方がランニングをされていました。
彼らの邪魔にならないよう早すぎず遅すぎずのペースを保ちながら皇居を一周。
今まで見てきた皇居の断片的な映像が、頭の中で地図として組みあがっていく感覚はなかなか楽しいものでした。
最後に立ち寄ったのが正門。
正門の前には非常に広大な敷地が用意され、さすがは天皇の宮殿、といった雰囲気。
そこにかかる二重橋の美しさも素晴らしかったので、
ぜひ近いうちに一般参観の申し込みをして内部を見学しに行きたいと思いました。

それにしてもびっくりしたのは、半蔵門周辺のお堀の深さ。
だいたいビル3~4階分ぐらいはあろうかという高さなのですが、
そのほぼ崖のような斜面には低い柵しか設けられておらず、
自転車をこぎながら下を覗き込むと(そうすると必然的に自転車は柵の方に曲がっていってしまうのです)、非常に恐ろしかったのが印象的でした。


思いつきではじまったこの日の散策でしたが、様々な時代の東京の姿を垣間見ることのできた、思った以上に収穫のある散策になりました。
どの時代の東京もそれぞれ個性的な魅力があって、それらがモザイクのように複雑に入り組んで足跡を残しているこの街、東京。
世界の様々な大都市にも引けをとらない魅力のある街だと認識を改めさせられる日曜日でした。
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Sigur ros 10/25 STUDIO COAST ライブレビュー

『世界で最も美しい音を奏でるバンド』

彼らのことを紹介するときに最もよく使われる表現です。
私にとってもSigur rosをその言葉で表現することに全く違和感はありません。
しかし、今日のライブは、Sigur rosがただ『美しい』だけでない、
もっともっと力を持ったバンドなんだということをあらためて実感させられる、非常に素晴らしいライブでした。

彼らのアルバムはどれを聞いていても、まるで、一つの物語を見ているような、そんな気分にさせられることが多いですが、
今日のライブは、その物語に自分も参加しているような、そんな素晴らしい気持ちにさせてくれるライブでした。

以下、私のブログ史上おそらく最長のライブレビューになっているので、
心して続きを読んでいただけると幸いです。

以下、本レビューより抜粋。

「すごい演奏だから楽しめるんじゃない、手拍子であわせるから楽しいんじゃない、一緒に楽しむからライブは最高なんだ!」

それでは、続きを読む、をれっつクリック!!


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ヨーロッパ旅行記 東欧周遊編 ブダペスト その1

みなさんこんにちは。

実は最近、少しだけこのブログ、周辺整備をしています。
連絡用のメールアドレスを用意したり、ブログランキングに参加してみたり。

もっと多くの人とつながりがほしくなってやってみました。
てなわけで、相互リンク大募集中です!
少しでも当ブログに興味を持っていただいた方はお気軽に声をかけてくださいね!


それでは、本題の旅行記です。

今回は‥‥

・ウィーンからブダペストへの電車の旅
・西欧とは趣の異なったブダペストの町並み
・ブダペストのシンボル、王宮の丘とくさり橋

などを紹介していきたいと思っています。

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僕らのミライへ逆回転 映画レビュー

今日、渋谷シネマライズでミシェル・ゴンドリー監督・脚本の

『僕らのミライへ逆回転』(原題 Be Kind Rewind)

を見てきました。
結論から言うと、

最高に笑えるけど、しっかりと一本筋が通っている傑作コメディ映画でした!

近々映画を見る予定がある方はぜひぜひこの作品を見に行っていただきたい!

もともと私がこの作品に興味を持ったきっかけは、
監督・脚本がミシェル・ゴンドリーだった、という点によってです。
ミシェル・ゴンドリー監督の代表作といえば、
『ヒューマン・ネイチュア』(2001)、『エターナル・サンシャイン』(2004)、『恋愛睡眠のすすめ』(2006)
などがあります。
このうちで、私が実際に見たのはエターナル・サンシャインだけなのですが、この作品は話の軸になるアイディアの面白さと、斬新な映像の使い方が印象的だったのを覚えています。
また、彼は非常に優れたミュージックビデオ監督でもあります。
私がこの監督に注目する理由はむしろこの理由によるところが大きいです。
Chemical Brothers,Bjork,Daft Punk,Radiohead等、様々なアーティストのビデオクリップを手がけているのですが、そのうち私が実際に目にしたのは、
Chemical Brothers 『Star Guitar』

Radiohead 『Knives Out』

の二作品です。
『Star Guitar』はシンプルな構成とアイディアながら、曲の持つトリップ感が上手く映像とリンクした佳作。
そして、『Knives Out』、どこかかわいらしい印象の映像で最強にグロテスクなブラックユーモアが展開されます。このドリーミィでありながら、まるでその夢に囚われながら錐揉み回転で深い深い闇の底まで落ちていくようなイメージは、この『Knives Out』の世界をそのまま映像化したかのような素晴らしいもので、映像と音楽、それによって一つの完全な作品であるかのようです。
この二つの素晴らしい作品によってもまた、ミシェル・ゴンドリー監督への興味をそそられていました。

ところで、今回は今まで見た作品とは少し毛並みの違う、コメディ映画。
あらすじは以下のような感じ。

舞台はアメリカの田舎町。街の再開発計画によって取り壊し寸前のビデオ店に勤める青年が、店長の旅行中の店番を頼まれます。そこにトラブルメーカーの友人がやってきて、ひょんなこと(体が磁気を帯びてしまうというトンデモな理由!)からお店のビデオの中身を全て消してしまいます。仕方が無いので、自分たちで映画をリメイクしてごまかせ!ってなわけで作った映画がだんだんと人気になってきて‥‥。

といった話。『ゴーストバスターズ』や『2001年宇宙の旅』など、さまざまなハリウッド映画のチープな爆笑リメイク映像は必見!!
気になった方はまずは公式ホームページ僕らのミライへ逆回転をご覧になってください。


以下はネタばれ込みの感想。映画をまだ見てない方はご遠慮ください。

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ヨーロッパ旅行記 東欧周遊編 ウィーン その4

みなさんこんにちは。
日に日に寒さも増して体調を崩しやすい時期ですがいかがお過ごしでしょうか。
ちなみに私は今日、肋骨にヒビが入っていることが判明して驚いたりしています。
みなさんも体調管理には気をつけてくださいね!

それでは、今日も旅行記の続きです!
今回はウィーン編の最終回。

・老舗カフェ「ハヴェルカ」
・世界三大劇場の一つ、ウィーン国立オペラ座の内部の様子

を紹介したいと思います。
特に、オペラ座は内部の見学ツアーではなくて、実際にオペラを見に行った際の様子ですので、華やかなウィーンの夜の姿をぜひご覧になってください!

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ヨーロッパ旅行記 東欧周遊編 ウィーン その3

久しぶりの旅行記更新です。

今日もウィーンの様々な風景を紹介したいと思います。

今日紹介するのは…

・ネオゴシック様式の壮麗な教会や市庁舎
・王宮庭園のさわやかな風景
・世界有数の美しい図書館、プルンクザール

などです。

‥‥、あと今回は、最後にはちょっとえっちぃお楽しみも用意しておきました☆

それではどうぞ、お楽しみください!

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常識と非常識の狭間

昨日家庭教師に行って夕飯をご馳走になっていた時の話です。
私の生徒のお兄さんは現在美容師を目指して勉強中なのですが、
そのお兄さんの友人がある美容室の採用試験に行った時の話。

その美容室はシャンプーからカット、パーマやスタイリングなど、
全ての行程を一人の美容師の人が行うというちょっとかわった美容室だそうで、
写真家やファッションスタイリストの方たちともつながりのある、
どちらかというとアートよりな雰囲気を持つ美容室なようです。

その採用試験でされた質問の中で話題に上がっていたのが、

「私たち(美容師さん)は常識と非常識の間で仕事をしていますが、そのことについてどう思いますか?」

という質問でした。

質問としてはあまり適切な類のものではないと思いますが、
個人的に興味を惹かれたのでここでこの質問について少し考えていきたいと思います。

質問を額面どおりに受け取って当たり障りの無い答えをするとすれば…

個性を表現する上で常識から逸脱することは必要不可欠ですが、
ただ常識を否定するだけのアナーキストになるならばその表現もまた無意味なものになってしまいます。
なので常識と非常識の狭間で表現を成立させようとするその信条は素晴らしいと思います。

とでもまとめるのがいいのでしょうか?
正確なことは正直私にはよくわかりません。

さて、長い前置きでしたが、ここに私が本当に取り上げようと思っていた問題が浮き彫りになっています。

まず、「常識を否定するだけのアナーキストになるならばその表現もまた無意味なものになる」という命題。
自由、罪、愛、それに生と死、その他もろもろの意味や価値は社会の中で初めて規定されうるものなのは明白です。
そして常識とはその社会における規範、つまり価値や意味を規定するための尺度となるものです。
つまり完全な常識の否定においてはあらゆる価値や意味はその効力を失い、
私たちの存在は正しく「木っ端微塵に」打ち砕かれ、引き裂かれます。
そんな生き方は、私にはまず不可能なように思われますし、私の薄弱な想像力によってもその生き方の想像を絶する苦しさを予感することができます。

そして結論としての「常識と非常識の狭間」
こんな言い方に果たしてどんな意味がありえるでしょうか?
単に「狭間」という言い方をしましたが、それはいったいどのような「狭間」なのでしょうか?
たしかに、ある部分で常識に従い、ある部分で常識から逸脱した言動をすることによって、一見常識と非常識の狭間に身を置くことに成功したように思えますが、それは全くの幻想です。
「常識に反する行動」としての「非常識」(ここはあくまで「」つきの「非常識」です)は常識にのっとった価値基準からの話をしている以上、非常識ではありえないのです。
つまり、そういった言動は逆説的に常識の持つ力を認め、それに服従する行為だと私には感ぜられるのです。

この質問で問われたのは非常識であることなのか「非常識」であることなのか、
単純な質問ですが、突き詰めてみるとおもしろいですよね。

Black and White 村上春樹小説についての小考察

愛と憎しみ、生と死、永遠と刹那。

こういったよく見る言い回しは、決してただ対義語を並べているだけではありません。
多くの場合に憎しみは愛によって引き起こされますし、
生がその意義を際立たせるのは死に対する時が最も顕著であることがしばしばですし、
永遠の全ては刹那のうちに含まれていると言う事もできます。

つまり、これらの言い方はそれぞれの価値の二重性を端的に描き出しているように私には感じられます。

このような二重性を持つ価値は何も上に挙げた例だけにとどまりません。
そういった様々な価値の持つ二重性をよくよく考えていってみれば、ある物事を表現する時、その表現としての価値は非常に複雑な多重性をもって描かれうることに思い至ります。
そしてそれらの重なり合った意味たちを全て同等に扱おうとするならば、まるで絵の下手な人が次々に絵の具を重ねてキャンバスを真っ黒にしてしまうように、もしくは様々な色の光が重なってついには白色になるように、その表現からは意味という名の価値が失われてしまうのです。

何かを表現する時、重要なことは「切断する」ことと「結合する」ことにある、と、いつかの授業で聞いたのをとてもよく覚えています。
私にはそのうちで「切断する」ことが非常に苦手だという自覚があります。
私の表現は、いつも余計なものまで全部を「結合して」しまったような文章です。
しっかりと重要な部分を「切断して」提示することができないから、どうも言いたいことが伝わらないのです。

ところで、この方法論で考えると、村上春樹の文章の持つ独特な魅力の一端が理解できるように思えます。
村上春樹の文章はほぼ完全に「結合された」表現で成り立っているように思います。
それゆえ小説中には様々なダブルミーニングの表現が登場しますし、
なにより文章から受けるあのなんともいえない清潔というか、無機質な感触、
あれは「結合された」表現におけるモノクロ化の結果のように私には感じられます。
それでは、村上春樹の文章は無意味な駄文だらけだ、ということかというと、そういうわけではありません。
村上春樹の文章は、そのモノクロの世界から、正確に幾つかの意味を「切断して」取り除いて表現を構築しています。
こういった方法は、まず必要な意味だけを「切断し」、その後にそれを「結合して」書かれる、簡明で力強い文章とは違った魅力を持っています。
それが、村上春樹の文章の持つ透かし彫りのような独特の魅力の源泉だと思うのです。

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