日々思うことを、気まぐれに書き記しております・・・。         また、旅行記も書いたりしています。どうぞお楽しみください。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

コミュニケーションとかブログとか

私たちが発する質問の中で、どうしても答えないでいることの方が、自分の意見を伝えてしまうことより正しいように感じられる質問は、とても多いと思います。
そしてそれはしばしば、私たちの存在の根幹に関わるような問題についての質問なのです。
(だからこそ、私たちは歳を取るごとに一番大事な問題に口をつぐむようになるのだし、むやみにそういった話題を口に出すことは避けられるべきであると思われるのでしょう)
こういった質問に対し、自らの意見を相手に伝えると、その意味は致命的な変形を受けた上で相手に伝わります。それはどのような努力をしたところで克服しようのないことです。この種の問題がそれぞれの存在の固有性に深く根ざしたものであるがゆえに、件の意味の変形は起こるのですから。

ところで、私たちが他人と意思疎通を行う場合、多かれ少なかれ私たちの意味するところのものはその伝達を通じて変形を受けます。それゆえ、私たちは普段他人とコミュニケーションをする場合に、相手に伝えることによって起こりうる変形をある程度シミュレートして、それに応じた変形を自らの意味するものに与えた上で相手に伝えていることが多いと思います。(e.g. 相手に良く思われるような振る舞いを無意識的にすることなど。またさらに言うと、集団の中でのキャラ作りをすることなども)
しかしながら、そういった情報の発信は、相手に受け取られる自我像と、自らの持つ(目指す)自我像とのズレををある程度修正することができますが、まさにそれゆえに自分が感じ取るところの自我像と自分の目指す自我像とのズレを拡大させてしまうのです。
だからこそ、昨今多くの人が文章によって語りだしたのだと思います。
すばやい状況の変化が生み出され、対立的な立場に立って進められることの多い会話によるコミュニケーションに対し、文章によるコミュニケーションでは、私たちはしばしば、読者でありながら、文章を紡ぐ側に立っていることがあります。まるで同じ場所にたって同じ景色を眺めるように。
この文章の特性に、私たちは自分の“思ったままを伝える”という幻想の実現を託したのではないのでしょうか?
スポンサーサイト

夏の終わり、その橙

真夏の夕暮れ、それは非常に印象の薄いもの。
傾いた太陽も、真夏では色づくことなく沈み、
昼間と夜の境は一瞬にして跨ぎこされてしまうから。

それから少し季節が巡ると、
夕暮れ時は一面、鮮やかな桜色に包まれる。
ルネッサンスのイタリア絵画さながらのその色は、
まるで何かを祝うかのよう。

そして、やがてくる夏の終わり。
昼下がりの傾いた日差しは、
空一面に広がった、ほんの数滴の橙によってほんのりと色づき、
少し前まで目を焼くほどだった強烈な白色の輪郭は、
ほんの少し、ぼやけて和らぐ。
夕暮れ時の桜色にも、もはや見まごうことのない橙が混じり、
かつての祝祭の予兆は、叶えられることなく失われてしまう。

この橙は、夏を終わらせ、秋を呼ぶ色。
優しいけれど、物悲しい、そんな色。

虫の声の聞こえないこんな町でも、
季節は巡り、夏は終わる。

憧れのゴンドラクルーズ前編 ヨーロッパ旅行記 ベネチア編その5

お久しぶりです!
月が替わってついに8月ですね。
8月というと夏本番というイメージが私にはすごくありますが、皆さんはいかがでしょうか?

そんなわけで、今回はベネチアのゴンドラクルーズで少しばかりゆったりとバカンス気分を味わっていってください。

一枚目
CIMG1268.jpg

画面右手前に見えるのが私の乗ったゴンドラです。
ゴンドラに一度に乗れるのは6人までなので、ちょうど6人組みだった私たちは多少割安な金額でゴンドラクルーズを楽しみました。(たしか多少値切りもした気がするのですが、結局いくらで乗ったんでしたっけ?)

二枚目
CIMG1271.jpg

いざ、憧れのゴンドラクルーズへ出発!!

三枚目
CIMG1290.jpg

私の乗った船の船頭さん。
英語のガイドもお手の物(正直あまり内容は聞き取れませんでしたが)の少しいかついお兄さんでした。
しつこいようですが、現実世界ではゴンドラ漕ぎは男性の仕事なのです。。。

四枚目
CIMG1292.jpg

水路を行きかうゴンドラたち。
こんなに狭い水路をよくもまぁ!と思うほどに多くのゴンドラが所狭しと行きかっていました。これならベネチアでゴンドラの数が制限されているという事実もうなづける光景。

五枚目
CIMG1296.jpg

水路にも標識が‥‥。
今日の写真の中ではこれが一番見所があるんじゃないでしょうか?サムネイルじゃあ見づらいかも知れませんが、水路の壁に標識(おそらく「一時停止」と「一方通行」ですね)が掲げられています。これを見るとベネチアで水路が道路代わりになっていることが、概念というより、より肉体的に理解できる気がしませんか?
ところで、この写真を見てもう一つ注目していただきたいことがあるのですが、それはこの水路の「見通しの悪さ」です。これほどまでに細く、さらには複雑に入り組んでいる水路。その上、ゴンドラは急停止、急旋回のきかない乗り物です。普通に考えれば、こんな曲がり角や交差点では衝突事故ばかり起きてしまっても不思議ではありません。ではその問題をどうやって解決しているのでしょうか?
答えは「声」です。船頭さんは見通しの悪い交差点などに進入する際、必ず大声で(私には「オー、エーッ」と言っているように聞こえたのですが、あれは実際はなんと言っているのでしょうか?それともただの掛け声??)こちらの存在を見えない道の先にアピールします。すると向こう側からも同じような声が聞こえたり‥‥。そうやってお互いの存在を確認することによって事故を防いでいるのでした。ひどく非合理的で滑稽な事のようにも見えますが、こんなことを今でもやり続けていることにこの街の良さがあるのかも‥‥、とも思うのです。

六枚目
CIMG1307.jpg

細い水路を抜けていざ大運河へ
今までの狭い視界から打って変わって、運河沿いの大パノラマが広がります。大運河の水面を手で触れるほどの距離に感じながらのこの眺めは、ぜひ一度は体験する価値のある眺めだと思います。でも、こんなに大きい大運河をゴンドラのような小さな船で通っていると、水上バスの波にあおられたりして、なんだか少し心細い気持ちにもなるのでした。

次回はゴンドラクルーズ後編を紹介する予定です。
お楽しみに~。

 | HOME | 

Calendar

07 « 2007/08 » 09
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -

Appendix

T+W

Author:T+W

田舎から東京に出てきた大学生です。
メールアドレスは
inakamono_houtoukiあっとhotmail.co.jp

相互リンク大募集中です!





東大生ブログランキング



Recent Entries


あわせて読みたいブログパーツ

Categories

Archives

Recent Comments

Recent Trackbacks


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。