日々思うことを、気まぐれに書き記しております・・・。         また、旅行記も書いたりしています。どうぞお楽しみください。

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逃げ水花火

休日なので仕事に一段落ついた九時前に学校を出た今日の帰り道、
どこか遠くから地鳴りのような音が響いていました。
珍しくキャンパスの隣の競技場の照明が灯されていたので、
今日はサッカーの試合でもあって音がするのかな、なんて思いながら自転車をこいでいました。

するとふっと遠くに小さくまるく光るものが。
その瞬間に、今日が江戸川の花火大会だったことを思い出しました。
暗闇に浮かんだ不思議な陽炎のように、はかなく消えてしまった光。
それは近くで見る大迫力の花火とはまた違った、物憂げな美しさを湛えていました。
その後も続く遠くからの残響に誘われるように、そこらじゅうで花火の見えるところを探しましたが、
なぜかもう二度とはその光を見つけることはできませんでした。

とても物足りなくて、さみしい花火見物でしたが、なんだか実はこんな感情こそが夜空に一瞬で燃え尽きてしまう花火の美しさにはふさわしいような気がする八月の始まりの夜でした。
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雨上がり

三日ほど続いたぐずついた天気もひと段落し、
今夜は薄くかかった雲の上で明るく月の輝くいい夜ですね。

帰り道の雑木林からは雨のせいで濃くなった草と土の香りが立ち上り、
日付が変わるまで続いた作業で興奮していた神経をやさしく鎮めてくれました。

この香りは、その昔私がもっと小さかった頃に毎日のように嗅いでいた香りの一つ。
故郷の思い出はいつも私の気持ちを、そっと軽くしてくれるのです。

春の日、透明な思い出

今日は突然やってきた春の日のように暖かい陽気でしたね。
厳しい寒さが和らいで春がやって来るのは、絡まった紐がほどけていくように心地よいものです。
もしかしたら、木々もそんな風にして、かたくかたく閉ざしたつぼみをほころばしていくのかもしれない、そんなことを考えたりしました。

そんな心地よい陽気に誘われて今日は、ついこの前初めて知った不忍通りの裏道を学校まで歩いていきました。
その道は、蛇のように曲がりくねった(十メートルも直進できないほどなのです!)道で、道路沿いに点在する古い建物たちも相まって、道路整備なんて考えが欠片ほどにも存在していなかった時代の面影を感じ取ることができます。
こんな町並みを見るたびに、私はやっぱりこの町が好きなんだなぁ、と実感するのです。

でも、そんな大好きな町、谷根千もこの二月でお別れです。
だから、私は最近、今日のように天気のいい日はこの町の周辺をよく散歩してまわっています。
例えば先週にも富士見坂という気持ちのいい坂を発見したり、以前から気になっていたスイス料理屋さんに言ってきたりしました。
こうして町のいろいろな風景を目に焼き付けて、町を去るのに後悔を残さないようにしているのです。


こうして私はいつも、何かに別れを告げるときには、悔いの残らないようにきれいな思い出を作り上げようとします。
でも、そうして思い出をきれいに作り上げれば作り上げるほど、私はそれをいとも容易く忘れてしまうのです。
そして結局、心に残った醜い傷跡のほうがよっぽど鮮明な記憶になってしまう。
きれいに磨き上げたいくつもの水晶は、透明すぎてもう見えなくなってしまいました。
それでも思い出をきれいに飾らずにはいられない私は、きっとどうしようもなく愚かなのでしょう。

期待と依存、怒りの根

こんばんは、随分とご無沙汰しています。

年末年始から、卒業前最後のテスト週間と、立て続けの雑務の嵐に、随分と更新をサボってしまってました。大変申し訳ありません。

ようやく一段落しましたので、これからまたぽつぽつと更新を再開していきたいと思います。
見に来てくれた方は、これから見捨てずにたまに覗きに来てくれたらうれしいです。


さてさて、それではそろそろ今日のお話を始めましょうか。

今日のお話は、二つの無関係に思える疑問から始まります。

まず一つ目は私が幾度もここに立ち戻ったことのある疑問で、
「なぜ友人に怒りをあらわにすることなどはほとんど無いのに、恋人や家族にはときどきひどくつらくあたってしまうことがあるのか。」
というもの。

二つ目は、今日友人が昼食時にふとこぼした疑問で、
「私たちの同年代の友人などが理不尽な怒りを他人に向ける姿はほとんど見たことが無いのに、なぜより年長の人々に限って時々、半ば八つ当たりのように思える怒りを私たちに向けることがあるのか。」
という疑問です。

二つ目の疑問については、例えば学生時代の教師やバイト先の上司、研究室の先輩等を思い浮かべていただければ、誰しも一つぐらいは思い当たる節があるものだと思います。
一つ目の疑問はただただ私の経験に関する疑問ですから、もしかしたら皆さんには共感していただけないかもしれませんが、とりあえずこちらもままあることであると仮定して話を進めていきたいと思います。


私が思うに、この二つの疑問を解く鍵は、
「期待と依存」
にあります。


まだ学生生活を送っている私と同年代かそれ以下の年代の方々(そしてそれ以上の年代の方々はかつての学生生活を思い出していただきたいのですが)は、今現在、自らの生活がなるべく他人の影響を受けないように(特に実害を受けない、という意味において)暮らしている方が多いと思います。
なるべく自分ひとりで生活が完結し、他人に依存せず、期待しないからこそ、他人に怒りを向けることも無い生活です。

最近の若者らしく、他人に怒ることも“めんどうだ”と感じる方は特に、こんな暮らしを送っているのではないでしょうか。



ところがこの考えでは、そんな私たちの“平穏無事な”生活が脅かされる場面が幾つか存在するのがわかっていただけると思います。

例えば、不可避の他人との利害の共有が起こる場面。
もっとはっきり言うならば、何かしらの仕事をしている場面です。
高度に組織化された現代の私たちの生産活動において、
ある一つの仕事が徹頭徹尾一人の人間によって行われることは至極まれです。
他人との共同作業で何かしらの仕事にあたる場合、
私たちはその他人の成果に期待ないし依存することを必然的に強いられます。
そんな場面での他人の失敗は、私たちに強烈な失望と不快感を与えることは想像に難くないと思います。
これが最初の疑問の二つ目のものに対しての私なりの回答になります。

そして次の可能性は、私たちが望んで精神的に相手に依存する場面です。
それは、例えば恋人や親類に対して。
こちらが一つ目の疑問に対する私の回答です。
誰かと親しくなろうとする時、多くの場合に相手への依存は必要の無いことです。
それどころか過度の依存は間違いなく健全な人間関係には不要なものでしょう。
けれども、ある一線を越えてさらに親しくなる間柄では、
相手への適度な依存、それが不可避であり、またそれこそが更なる関係の深化の象徴となりうると思うのです。
私たちは普段その依存関係のことを美しい言葉を用いて『信頼』と呼びます。
ところが、約束は破られるものであり、信頼は裏切られるためにあるとも言えるのです。


こうして考えてみると、怒りという感情は、私たちの意外と深いところに根ざしているのかもしれない、と私は思うのです。
私は昔から自分の怒りの感情を嫌っていました。
ほとんど憎んでいたといっても過言ではありません。
しかし、怒りを生まぬよう、他人から離れて生きようとする生活で、
私の感情の根は腐り、感性という名の葉は枯れ落ちました。
私の博愛主義は目隠しをしたまま白旗を振って敵陣に行進していくような愚かな行為だったのでしょう。

他人の怒りまでも愛することはできるのか。
きっと、言うは易し、行うは難しですね。

『可能性』そのあり方とは? その2

なかばコメントがつくのをあきらめていた前回の記事ですが、
面白い突込みをしてくれた方がいるので、今回はそれも踏まえてもう少し問題を明確にしていきたいと思います。

前期時へのコメント(抜粋) Posted by 八坂メグさん

また、現在、過去の「可能性」についての話ですが、過去の~と論している時点で、T+Wさんの考えはやはりどちらも「現在」を軸として考えているように感じられてます。僕は可能性を論じる際に注意しなければならないものとして、ある時間軸のある時点においてその時、その時の視点に立たなければならないということを挙げます。簡単に言うとT+Wさんの考えと僕の考えで決定的に違うのは「視点」です。

僕は普段直観的に感じている、「あの時もしも~だったら」とかは別段におかしいことではないと思いますし、主体性だって幻なんかではないと思っています。



実は以前の記事を書いた後、友人にも全く同様の突込みをされました。。
彼の言葉を借りると、『大過去の私からみた「(現在から見た)過去の可能性」』を論ずることに問題はないと。
たしかに八坂さんと友人の言うとおりなんですよね。
もし私が現在における可能性というものが定義できる(もしくは主体性が確実に存在する)と言い切るならば、過去の可能性もやはり同様に定義できてしかるべきなのです。

つまり、私が疑っていたのは私たちの持つ『(現在の)可能性』さらには人間の主体性、そのものだったということになります。
全くもってばかげたことを言っているように思えますが、こう考えてみるとどうでしょう?

前回の記事で挙げたとおり、私にとっての可能性の定義は
『現在における可能性というのは、後続する時間における私たちのあり方に対する選択の自由度である』
というものでした。
ここで問題になってくるのが、「本当に選択の自由度は存在するのか?」という問いです。

「私たちがある分かれ道で、右に行くことも、左に行くこともできる。」
こういった語り方が可能性というものの基本的なあり方です。
この主張は私たちにとってあまりに当たり前に思えることです。
ところが、よくよく考えてみるとこれはあくまで私たちの「信念」であって、その真偽を確かめることのできない類の主張なのではないでしょうか?
なぜなら、私たちは常に「右に行くことか、左に行くことしかできない。」からです。
あなたがもし右に行ったとすれば、それは世界の決定されたシナリオとして右に行ったのかもしれないですし、左に行ってしまったならば、その時右に行けたかどうかを確かめる術は存在しないのです。

以上が私の考える「可能性」における問題点なのですが、
この議論、実は上で八坂さんが指摘した問題点を再びはらんでます。
ここではやはり現在から見た過去の可能性を論じているのです。

しかし、現在からの視点のみで「可能性」を論じることができるのでしょうか?
実証的な「現在からの視点における現在の可能性」を論じるためには、現在が複数の未来に分岐する世界の重ね合わせであるという(現在における)確かな証拠が存在しなければいけません。
そう考えると、私にとって「現在からの視点における現在の可能性」はあくまで信念である、というように思えるのです。

以上から、私の(とりあえずの)結論としては、
『「可能性」はあくまで経験的に獲得された信念であって、実証可能な事実ではない』
ということになると思います。
なんとも歯切れの悪い結論になってしまいました。
今回もつっこみ、文句等々首を長くしてお待ちしております。

『可能性』そのあり方とは?

今日は少しまじめなお話を。

先日、友人と会話していたときに、私の「がんばる」という言葉に対する特殊な解釈について議論になったことがありました。

例えばある人が大学に合格することを目指して勉強するような状況を考えます。
ある一定期間を受験生として過ごし、ある程度真面目に勉強をしましたが、
その一方で、ついついかなりの時間を遊びに費やしてしまいました。
そしてその結果、その人が大学に落ちてしまったとします。


さて、果たしてこの人は「がんばらなかった」から受験に失敗したのでしょうか?

その時の私の考えでは、答えはノーでした。
一般的な意味で言う「がんばれなかった」も、結局はその人の実力のうちであって、
それも含めて『がんばった』結果としてこの人は大学に落ちたのだ。
というのが私の考えだったのです。

今でもこの考えが根本的に問題があるとは思っていないのですが、
私の思考の問題は「がんばらなかった」という言い分に対する違和感を、
「がんばる」という言葉の解釈の変更によって解消しようとした点にあります。

わたしが使った『がんばる』の意味の説明において「がんばる」という言葉
(「」と『』によって区別させてもらっています。)
の意味を使っていることからもわかるように、やはりこのがんばるという言葉の意味の拡張は無理矢理だったのでしょう。


それでは、私が感じた違和感の原因は結局なんだったのでしょうか?

私は、頑張らなかったから失敗した、という言い分が内包している、
もしあのとき頑張っていれば成功した、という主張にこそ問題があるように感じます。

端的にその問題点を指摘するならば、
過去に対して可能性を持ち出すこと、それが問題なのです。

ではなぜ、過去の可能性を考えることに問題があるのでしょうか。

まずは、現在における可能性という考え方の規定から始めましょう。
(論点を明確にするために、ここでは私たち、主体的な意識を持つと考えられているものたちの可能性について話を限定したいと思います。)

『現在における可能性というのは、後続する時間における私たちのあり方に対する選択の自由度である』

この規定は、一般的な「可能性」という言葉に対する直感を説明したものとしては十分なように思えます。

ここで、過去の可能性を考えることに関する問題点が明確になっています。
『可能性』という言葉の本質は選択に対する自由度なのであって、
既に過ぎ去り、二度と再現されることのない(永劫回帰のない)状況に対して『可能性』を考えることはできないのです。
あるのはただ確定した事実のみであり、そこに選択の余地はありません。
それゆえ、『過去の可能性』などという考えは明らかな誤りなのです。


私は、以上のような考えで私の違和感の原因を説明し尽くしたかのように考えていました。


しかし、『過去の可能性』は、次のようにも定義できるのです。
『過去の可能性というのは、過去のある時点において存在していた、それに後続する時間における私たちのあり方に対する選択の自由度である。』
上に挙げた『現在の可能性』が問題ない定義であるならば、この『過去の可能性』も同様に問題ない定義となるはずなのは明らかです。


そうすると、この議論には明らかな矛盾が存在するのです。
問題は私が行った『現在の可能性』の定義にあるのでしょう。

それでは、私たちが直感的に信じる『可能性』ひいては『主体性』は幻なのでしょうか!?
私の思考はここで行き詰まってしまいました。
それで、いろんな人の意見を聞いてみようとブログに投稿してみた次第です。

皆さんのコメントをおまちしてます!

雨のち…

昨日はあの後、天気予報通りに雨が降りましたね。
この時期にしては強い雨と風に、よく乾いた落ち葉たちはみなしっとりと湿ってしまい、
きれいに色づいた銀杏の葉たちはそのほとんどを散らしてしまいました。

昨日の夜、10時ほどに図書館を出て家に帰るときは、
足元の柔らかい感触と、湿った足音に気持ちが沈んでいました。


ところが今日学校に行ってみると、そんな気持ちは一気に吹き飛んでしまいました。

銀杏並木の道一面に広がる鮮やかな黄色のじゅうたん。

季節はずれの強い雨が一気に葉を落としてしまったために
黒ずんでしまった葉っぱはほとんど無く、
雨に湿った落ち葉はぴったりと地面に張り付いて、
まるで本当のじゅうたんのようでした。


本来ゆっくりと散っていく葉っぱたちをたったの一晩で全て散らしてしまってこそ実現される、とっても贅沢な美しさでした。


そして銀杏の葉を散らす昨日の雨と風こそが、
本格的な冬の到来の知らせとなったのでしょう。

大学生として最後の秋の終わりは、とても豪華な光景で私の心に焼き付けられました。

さくさく ひらひら 秋の昼休み

さくさく さくさく

最近大学には落ち葉がいっぱい。
この時期の程よく乾いた落ち葉を踏むときの音が私は大好きです。
今日もついつい落ち葉のたまったところにちょっと寄り道して、
すこし歩幅を小さくして、さくさくさくさく、楽しんできました。

ひらひら ひらひら

今日は風が強いので、またたくさんの踏みごろな枯れ葉たちが落ちてきています。
銀杏の葉っぱは踏んでもおもしろくないけど、
ようやくきれいに色づいた鮮やかな黄色が風に吹かれてひらひらと舞い落ちてくる姿は、
一ヶ月前の困ったにおいを差し引いても、やっぱりすばらしい。


なんでこんな真っ昼間からブログを更新しているのかというと、
午後からの雨はきっと、
さくさくの落ち葉を湿らせてしまって、銀杏の葉っぱも散らしてしまうから。

そうしたらもうきっとこの気持ちもしぼんでしまって、
また来年まで出会うことはないでしょう。
だからその前にこの感情を、とにかくつなぎ止めておきたかったのです。

紅葉と紅陽

今週末は地元に帰省しています。

午前中の雨がやんで外に出てみると、
家の庭に植わっているもみじが綺麗に紅葉していました。

東京で私が毎日自然に触れる機会の唯一のものである大学の木々は、
大学のシンボルマークに象徴されるように銀杏ばかりです。
それゆえ私が目にしうる秋の兆候はただ染まりゆく黄色だけでありました。

そんな日々の中で突然私の前に現れた鮮やかな赤。
ただでさえ紅葉のうちで最も美しいのはもみじの燃えるような赤であると思う私にとって、そのこうけいはとても衝撃的でした。

だんだんと気温が下がり、秋から冬へ季節がうつろっていくのを、日々増していく服の厚さに感じてはいても、
今年のそれはどこかはっきりしない、連続的なもののように感じていました。
しかし、この紅葉の赤は突然はっきりと現れた季節の兆候。
一瞬にして一年の中で今がどのような時候にあたるのかを感じ取るのは、まさに目が覚めるような体験でした。
そしてそのときに感じたこと、

紅葉の赤、それは秋の夕日の象徴。

今日みたいな曇り空の下でも、紅葉の赤はその向こうで燃えているはずの大きな夕日の存在を確信させてくれるし、
晩秋の最も美しい瞬間である夕暮れのひとときは、その溢れるような茜色の中にとけていく紅葉によって、よりその美しさを際立たせるように思えるのです。

だからこそ、私はやはり紅葉は鮮やかな赤こそが素晴らしいと思うのです。
皆さんはいかがですか?

東京さんぽ

今日は先日の日曜日の話です。

午後三時、寝坊した私はようやく学校の図書館の前にやってきていました。
ほんの数台しかとめられていない駐輪場、電気のついていない図書館。
なんだか寂しげな雰囲気が漂うのは曇り空のせいだけではありませんでした。

『本日休館』

図書館の前に申し訳なさそうに、しかしはっきりと張り出されたこの四文字を見て、
私はこの日を東京散策に費やすことを決意しました。

目的地は皇居。
東京に出てきてはや四年、実は私は皇居をしっかりと見たことがありませんでした。
そんなわけで、この日の目標は自転車による皇居一周ということに決定。
肌寒さの一層強くなった秋の曇天の下、颯爽と空気の抜けた自転車を漕ぎ出しました。

思い付きでの決定なので地図なども持ってるはずは無く、
たまにある道路標識だけを頼りに皇居を目指しました。


・秋葉原
まず、最初に通過したのは秋葉原。
休日の秋葉原、さすがの盛況っぷりでした。
歩道には人が溢れ、ぼろいママチャリで車道を行くのはなかなか恥ずかしかったです。
美少女キャラクターの大きな看板の下に人が群がっている姿は、
今の東京の象徴の一つとも言える風景でした。

・神田
続いて通過したのが神田駅周辺のガード下。
ものものしい鉄橋の薄汚れた姿には昭和の雰囲気が漂います。

・日本橋
もともと東京駅を目指していたのですが、途中から気が変わり、道路標識に従って日本橋までやってきました。
東海道の始点であり、日本の道路の始点と言っても過言ではない日本橋。
ここも私は初めて訪れる場所でした。
まず驚いたのは、この周辺の建物の建築様式。
明治、大正期の西欧建築を模した堂々たる建築がところどころに残され、
新たな東京の一面を垣間見ることができました。
三井本館、日本銀行、日本橋三越など、どれも一見の価値ありです。
そして日本橋。
日本橋自体を初めて見たことによる感慨もありましたが、
それより衝撃的だったのが、日本橋の上を垂直に交わり、川の上を行く首都高速道路。
歴史的な景観をぶち壊してるのは言うまでもなく、
なんと川の上を行く道路という、グロテスクとも言えるような光景。
(その後の散策でもこの周辺の多くの川の上に高速道路が走っていました。)
高度経済成長時代のなりふり構わないパワフルさ、
脂ぎった時代の雰囲気を目の当たりにした気分でした。

・丸の内
日本橋から皇居の方に向かいながら、今度は目の覚めるような美しい高層ビルの林の中を抜けていきました。
ただ高いだけのビルではなくて、個性的なビル(堂々としていたり、繊細であったり、優美だったり、力強かったり、奇抜だったり)がいくつもあって、目を楽しませてくれました。

・皇居
幾つかの回り道や、迷い道を経て、ようやく皇居に到着しました。
大手門についたのが午後四時ごろ。
東御苑の閉園時間ぎりぎりだったので、少しだけ中を見てみることにしました。
が、しかし。
ほんとに閉園時間ぎりぎりだったため、十分ほど公園のような部分を歩いて管理の人に追い出されてしまいました。
中は結構広く、よく整備された公園になっていたので、
次回はもう少しゆっくり時間をとってまわってみようかと思いました。

そしてそれからようやく本来の目的の皇居一周。
日曜日だったからなのか、遊歩道では非常に多くの方がランニングをされていました。
彼らの邪魔にならないよう早すぎず遅すぎずのペースを保ちながら皇居を一周。
今まで見てきた皇居の断片的な映像が、頭の中で地図として組みあがっていく感覚はなかなか楽しいものでした。
最後に立ち寄ったのが正門。
正門の前には非常に広大な敷地が用意され、さすがは天皇の宮殿、といった雰囲気。
そこにかかる二重橋の美しさも素晴らしかったので、
ぜひ近いうちに一般参観の申し込みをして内部を見学しに行きたいと思いました。

それにしてもびっくりしたのは、半蔵門周辺のお堀の深さ。
だいたいビル3~4階分ぐらいはあろうかという高さなのですが、
そのほぼ崖のような斜面には低い柵しか設けられておらず、
自転車をこぎながら下を覗き込むと(そうすると必然的に自転車は柵の方に曲がっていってしまうのです)、非常に恐ろしかったのが印象的でした。


思いつきではじまったこの日の散策でしたが、様々な時代の東京の姿を垣間見ることのできた、思った以上に収穫のある散策になりました。
どの時代の東京もそれぞれ個性的な魅力があって、それらがモザイクのように複雑に入り組んで足跡を残しているこの街、東京。
世界の様々な大都市にも引けをとらない魅力のある街だと認識を改めさせられる日曜日でした。

常識と非常識の狭間

昨日家庭教師に行って夕飯をご馳走になっていた時の話です。
私の生徒のお兄さんは現在美容師を目指して勉強中なのですが、
そのお兄さんの友人がある美容室の採用試験に行った時の話。

その美容室はシャンプーからカット、パーマやスタイリングなど、
全ての行程を一人の美容師の人が行うというちょっとかわった美容室だそうで、
写真家やファッションスタイリストの方たちともつながりのある、
どちらかというとアートよりな雰囲気を持つ美容室なようです。

その採用試験でされた質問の中で話題に上がっていたのが、

「私たち(美容師さん)は常識と非常識の間で仕事をしていますが、そのことについてどう思いますか?」

という質問でした。

質問としてはあまり適切な類のものではないと思いますが、
個人的に興味を惹かれたのでここでこの質問について少し考えていきたいと思います。

質問を額面どおりに受け取って当たり障りの無い答えをするとすれば…

個性を表現する上で常識から逸脱することは必要不可欠ですが、
ただ常識を否定するだけのアナーキストになるならばその表現もまた無意味なものになってしまいます。
なので常識と非常識の狭間で表現を成立させようとするその信条は素晴らしいと思います。

とでもまとめるのがいいのでしょうか?
正確なことは正直私にはよくわかりません。

さて、長い前置きでしたが、ここに私が本当に取り上げようと思っていた問題が浮き彫りになっています。

まず、「常識を否定するだけのアナーキストになるならばその表現もまた無意味なものになる」という命題。
自由、罪、愛、それに生と死、その他もろもろの意味や価値は社会の中で初めて規定されうるものなのは明白です。
そして常識とはその社会における規範、つまり価値や意味を規定するための尺度となるものです。
つまり完全な常識の否定においてはあらゆる価値や意味はその効力を失い、
私たちの存在は正しく「木っ端微塵に」打ち砕かれ、引き裂かれます。
そんな生き方は、私にはまず不可能なように思われますし、私の薄弱な想像力によってもその生き方の想像を絶する苦しさを予感することができます。

そして結論としての「常識と非常識の狭間」
こんな言い方に果たしてどんな意味がありえるでしょうか?
単に「狭間」という言い方をしましたが、それはいったいどのような「狭間」なのでしょうか?
たしかに、ある部分で常識に従い、ある部分で常識から逸脱した言動をすることによって、一見常識と非常識の狭間に身を置くことに成功したように思えますが、それは全くの幻想です。
「常識に反する行動」としての「非常識」(ここはあくまで「」つきの「非常識」です)は常識にのっとった価値基準からの話をしている以上、非常識ではありえないのです。
つまり、そういった言動は逆説的に常識の持つ力を認め、それに服従する行為だと私には感ぜられるのです。

この質問で問われたのは非常識であることなのか「非常識」であることなのか、
単純な質問ですが、突き詰めてみるとおもしろいですよね。

Black and White 村上春樹小説についての小考察

愛と憎しみ、生と死、永遠と刹那。

こういったよく見る言い回しは、決してただ対義語を並べているだけではありません。
多くの場合に憎しみは愛によって引き起こされますし、
生がその意義を際立たせるのは死に対する時が最も顕著であることがしばしばですし、
永遠の全ては刹那のうちに含まれていると言う事もできます。

つまり、これらの言い方はそれぞれの価値の二重性を端的に描き出しているように私には感じられます。

このような二重性を持つ価値は何も上に挙げた例だけにとどまりません。
そういった様々な価値の持つ二重性をよくよく考えていってみれば、ある物事を表現する時、その表現としての価値は非常に複雑な多重性をもって描かれうることに思い至ります。
そしてそれらの重なり合った意味たちを全て同等に扱おうとするならば、まるで絵の下手な人が次々に絵の具を重ねてキャンバスを真っ黒にしてしまうように、もしくは様々な色の光が重なってついには白色になるように、その表現からは意味という名の価値が失われてしまうのです。

何かを表現する時、重要なことは「切断する」ことと「結合する」ことにある、と、いつかの授業で聞いたのをとてもよく覚えています。
私にはそのうちで「切断する」ことが非常に苦手だという自覚があります。
私の表現は、いつも余計なものまで全部を「結合して」しまったような文章です。
しっかりと重要な部分を「切断して」提示することができないから、どうも言いたいことが伝わらないのです。

ところで、この方法論で考えると、村上春樹の文章の持つ独特な魅力の一端が理解できるように思えます。
村上春樹の文章はほぼ完全に「結合された」表現で成り立っているように思います。
それゆえ小説中には様々なダブルミーニングの表現が登場しますし、
なにより文章から受けるあのなんともいえない清潔というか、無機質な感触、
あれは「結合された」表現におけるモノクロ化の結果のように私には感じられます。
それでは、村上春樹の文章は無意味な駄文だらけだ、ということかというと、そういうわけではありません。
村上春樹の文章は、そのモノクロの世界から、正確に幾つかの意味を「切断して」取り除いて表現を構築しています。
こういった方法は、まず必要な意味だけを「切断し」、その後にそれを「結合して」書かれる、簡明で力強い文章とは違った魅力を持っています。
それが、村上春樹の文章の持つ透かし彫りのような独特の魅力の源泉だと思うのです。

決意表明

みなさん、お久しぶりです。大変ご無沙汰しておりました。
そして、初めていらっしゃった方は、はじめまして。

先々週ぐらいから都内でもセミの鳴き声が聞こえ始め、
ついには梅雨も明け、いよいよ夏本番、といったところですね。
やはり小さい頃から長期休みのある夏という季節の到来は、一種独特の高揚感があるように思います。
うだるような暑さもつらいですが、今はセミの鳴き声を聞いて、また夏という季節に戻ってきたことをしみじみと実感しています。


ところで先日、大学の同じ学科に所属しているシーボ君の日記と相互リンクを張らせていただきました。
私が通っている大学のナンバー1ブロガーである彼のブログの影響力はすさまじく、
昨日のこのブログへのアクセス数は今まで見たことの無い数字に跳ね上がっていました。

せっかく見に来てくれる方が増えたのならもう少し頑張ってみようじゃないか!というわけで、
これ以降、

最低週一回更新

を目標に頑張っていきたいと思います。


シーボ君の日記には面白さも更新頻度も遠く及ばないと思いますが、
少しでもこのブログに興味を持っていただけたのなら、これから週に一回ぐらいは立ち寄ってくれると嬉しいです。
それでは、これからどうぞよろしくお願いします。

春ももうすぐ‥‥

今日は突然随分と暖かい日でしたね。
いつもより少し薄着で出かけたものの、それ以上の日差しで汗ばむほどでした。
そういえば、学校では今日から冷房も使えるようになったらしいです。

今日も夜まで図書館で勉強して九時ごろに大学を出たのですが、つい数日前までとのあまりの変わりように驚いてしまいました。

この時間でもすこし青く光を残した夜空。
熱に浮かされたように感じるような、生暖かい空気。
けれども自転車をこいで体に感じる風はまだまだ春の名残を感じさせてくれました。
風にまぎれた線香の香り。
いつの間にか鳴き始めた虫達の声。

こうして感じたもの全てが私に夏を予感させてくれました。
季節の変わり目にだけ、一年のうちほんの数度だけ、こういった感覚がやってきてくれます。
こういうときに感じるのは、ある意味では過ぎ去った季節の回想であり、それがまた同時に再びやってくる季節への予感でもあります。

こういった瞬間にこそ私は真に記憶の中を生き、また、未来を、そしてそれをつなぐ現在をありありと感じるような気がするのです。


一年以上かけて読み終えたプルーストの『失われた時を求めて』の抄訳版。
初読で私が最も感銘を受けたのは、主人公が「失われた時」に出会う瞬間の恍惚とした感覚を美しく、そして緻密に繊細に描き出した数々の場面です。
ふとした肉体的な感覚を通じて過去のあるイメージがふと鮮明によみがえってくる瞬間。
それは意識的な思い出そうとした過去とは全く似て非なる体験。

今日はそういった感覚に似たものを感じれたような気がしました。


最後は少し蛇足。

『失われた時を求めて』はいつか時間をかけて全編を通して読んでみたいですね。
抄訳版で読んでもその内容のほとんどを理解できませんでしたが、少なくとも読むたびに新たな発見があるだろうという予感ぐらいは感じることができました。
人生を通じて幾度も読み返していきたいと思わせてくれる、そんな素敵な小説でした。

「おとなしい」少年の暴走

■「殺せば刑務所に行ける」18歳少年、また身勝手な凶行
(読売新聞 - 03月26日 16:04)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080326-OYT1T00429.htm

■卒業式後に小6飛び降り自殺か
(毎日新聞 - 03月26日 02:41)
http://mainichi.jp/select/today/archive/
news/2008/03/26/20080326k0000m040146000c.html

どちらの事件もここ数日に起きた「不可解」な少年の暴走に関する事件。

まずなによりも初めに言っておきたいのはのは、一つ目の事件のような事件は決して許されてはならない、ということでしょう。これはいくら強調しても強調しすぎることはないように思います。
何の罪もない人間が、突如として強制的に未来を奪われる。こんなことが許されていいはずがありません。

さて、では今日の本題に入っていきたいと思います。
なぜ私がこの二つの事件を並べて取り上げたのか。
それは、私にはこの二つの事件の動機の一番基本的な部分が全く同じであるように思えるからです。

奇しくも前回の記事で書いた私たちのコミュニケーションに関する問題が、この二つの事件の根底に見え隠れしています。


前回の記事は別の内容も含んで描かれていますし、無駄な部分が多いので、忙しい人のために簡潔に今回の記事に関係ある話をまとめますと‥‥

私たちは普段、自らを律する様々なルールに従って生活しています。
それは例えば社会的な常識であったり、自らの信念であったり。
そして、それらのルールがあらゆる問題に対する判断を網羅するようになり、問題に対処することがルールを参照するという行為に常に単純化されてしまうとしたら、私たちの生は自動化されたものに成り下がってしまうのではないか。

という問題提起でした。

以下はあくまで、私の想像による事件の解釈ですので、見当違いな可能性が非常に高いです。ご注意を。

今回の事件を起こした少年たちは今までは、社会的なルールによく順応し、自らをそれに適応させることのできる人間だったのでしょう。
それゆえ、周りの人たちからは「おとなしい」「目立たない」などという印象を持たれていたのではないでしょうか。
しかし、彼らを律する数々のルールは、あくまで、「与えられたルール」であり、自ら納得した上で自分に課したルールではなかったのではないかと思うのです。
それこそ、真に恐ろしい「Auto Life」です。
いつの間にか身についた生活のためのルールを守りながら、ただ時間を消費するだけの人生。
その虚しさに、ある日気づいてしまった。
自分の中に知らないうちに巣食っていた大きな大きなブラックボックス。
なぜそんなものが自分の中にあるのか、それが必要なものなのかを知るために、
彼らはそれを壊してみることを選択した。
それも、一番効果的な方法で。
私たちに与えられた最も強大な社会的ルール。
それは死に関するタブー。
他人を殺すこと、そして自らを殺すこと。
これらのルールを破ることで、彼らは自らの中に巣食ったブラックボックスを破壊しようと思ったのではないでしょうか。


もちろん、最初にも書いたとおり、こんなことが許されていいはずはありません。
こんな幼稚な方法でこの種の問題の解決につながるはずはありません。
でも、少なくとも私には、彼らの行為はそれほど「不可解」とは思えないのです。
だって、あなたは彼らの疑問に究極的な答えを提示することができますか?
「なぜ殺してはいけないの?なぜ死んではいけないの?」

Auto Life

ご無沙汰しています。毎度毎度筆不精で申し訳ありません。

今年の春休みはエジプト・ギリシャ・トルコの三カ国を旅してきました。
今日はその中で特にエジプトに関する話。
それでも、実際エジプトといっても訪れたのはカイロだけなので、エジプト旅行記というよりは、カイロ訪問記、といったところでしょうか。

まずはいくつか写真を紹介しましょう。
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まずは最も有名なクフ王のピラミッド
人の大きさと比べてみるとわかるように、その大きさは圧倒的でした。

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モハメッド・アリ・モスクから望むカイロ市内。
モスクと背景に広がる大都会の組み合わせは私の感覚にはとても新鮮に感じました。

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カイロのブルーモスク(おそらくブルーモスクといって最も有名なのはイスタンブールにあるものでしょう)のミナレット(尖塔)からのカイロ、イスラム街の眺め

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イスラム街での風景。

カイロ、この都市は今まで私が訪れたことのある大都市の中で最も衝撃的な都市でした。
描くために茶色以外の色など必要ない町並み。絶え間なく鳴り響くクラクション。溢れかえるほどの人の波。ひどい渋滞。ドアを開けたまま走り、飛び乗らなければならないバス。男性は例外なくひげを生やし、女性はかならずスカーフを身につけ、一日に数回モスクからは祈りの時間を告げる放送が拡声器からけたたましくなりひびく。
このどれもが私にとって今までゆるぎないものだった常識とはかけ離れていて、それどころか、一番根っこの基礎の部分から異なっているんじゃないかと考えさせられる文化でした。

混沌の街、カイロ。
人口一千万人を超えるこの都市は間違いなく世界の大都市のひとつです。
同じ一千万人都市の東京と比べても、その人の密集度は同じかそれ以上、といったところでした。
この街で私が最も感銘を受けたのは、この街では生きることに対して必要とされるルールが私たちの生活に比べて、格段に少ない、ということでした。
東京では以上に集中した人々がスムーズに生活するために、生活のあらゆる場面で、明示的、もしくは非明示的なルールに従って生活しています。(というより、この街に行ったことによりそのことをまざまざと実感させられました。)
それゆえ、カイロでは交通は乱れ、クラクションは鳴り響き、人々の呼びかけや言い争いの声が絶えず町中に溢れかえっています。
最初、私はその状況に驚愕し、少なからず辟易しました。
しかし、少しずつその状況に慣れてくるにつれ、私はこうも考えるようになったのです。
カイロの人々のこういった生き方は非常にエネルギッシュだと。
人と人との関わりあいにおいて、ルールによらない有機的なコミュニケーションを常に基礎におくという事は、非常に非効率的で疲れることのように思います。
しかしそれは人同士のの関係性として、原始的であるがゆえにとても根源的なものでもあると思うのです。
逆に、東京では人と接するありとあらゆる場面に対して、非常に細かなルールが設定され、それを守るだけで合理的に、エネルギーを節約して暮らすことができるようになっています。
別にここで私はどちらがいいとかそういうことを言うつもりはありません。
ただ、実は私たちの生活は知らず知らず常識というルールに縛られ、人との関わりあいの本質を見失いがちである、ということが言いたかっただけなんです。


そして更にもう少しこの話を広げてみるならば‥‥。

私は普段自分の守るべきだと思うルールにしたがって生活しています。
例えば「なるべく人に迷惑をかけない」とか「人の思いを大切にする」などのものです。
誰しもそういったものは持っているのではないでしょうか?
小さい頃は数えるほどしかなかった私のこういったルールも、
成長するにつれて数も増え、複雑化していきました。
そしてそれにしたがって様々な問題に直面した時、単純な答えに辿り着けることも少なくなった反面、
問題に対応することは既存のルールに当てはめて考える作業、という性格も帯びてきてしまうようになりました。
これが更に極端になって、もし全ての判断が常にこういった作業によって決定されるのならば、私の人生は全自動で過ぎていきます。
ずいぶんと奇妙な気がしますね。

もちろん、実際にはそんなことが起こるはずもないし、心配する必要もないのですが、
そうして私たちが何気なく信じている自己の意志の独自性なんてものは、
こんなにも容易に、脆く劣化してしまうのです。

お散歩 a day

ここ最近は毎日よく晴れた暖かい日でしたね。
冬の厳しい寒さがやわらいでだんだんと春が近づいてくるのを感じるようなこの季節は、一年の中で一番素直に幸せな気持ちになる季節です。

そんなわけで、おとといは髪を切りに出かけたついでに、久しぶりに一日中街を歩き回っていました。
午前中の、鋭くて涼しげな白い光を受けて見上げた青空があまりに気持ちが良かったので、特にどこか行くでもなくふらふらと。
帰る頃にはもう陽は傾き、夕暮れ時でした。ただ、それだけの一日。

いくら寒さが和らいできたとはいえまだまだ冬が終わっていないのを実感するのは、午後二時過ぎの陽の光を浴びる時です。午前中の光に比べて柔らかな光になり、さらにその色に僅かな橙が混ざります。この時間に既に夕暮れの予兆を感じ取れてしまうことに寂しさを感じてしまうのは私だけでしょうか?

それと、もう一つ。
冒頭で「幸せな季節」と書きましたが、これは非常に危険な感じ方なのかもしれません。
私にどんな不幸が起ころうともこの「幸せな季節」は巡ってくるのですから。
私はその時この季節を恨むのでしょうか。
それともそんな時でも不動の黄金と不滅の青空は私を癒してくれるのでしょうか。
と、言うよりむしろ、
私にとって純粋に幸せなこんな季節が、いつかある悲しみの象徴となってしまうとしたら、それはきっと悲しいことのように感じるのです。

幸福な男


あるところに、一日の終わりに絵日記を書き続ける男がいました。
お金もなく、一人ぼっちで毎日過ごしていた彼の絵日記には暗い絵ばかり。
それでも、何年も描き続けた彼の絵は、深い色彩で緻密に描かれ、
彼に見える世界そのものを描き出しているかのようでした。

そんな彼にも幸運は訪れます。
ある日、町で出会った娘に恋をするのです。
一目彼女を見た瞬間に心底ほれ込んでしまった彼は、そのその日の絵日記にこう書き添えています。
「これほどに光り輝く光景を目にしたのは初めてだ。彼女こそこの世に神が使わせた天使に違いない!」
この日彼が描いた絵には彼がついぞ使ったことのなかった色、「白」が使われていました。
もともと繊細で美しい彼の絵に、ようやく光が差し込んだのでした。

次の日、彼はその絵を娘にプレゼントしました。
「まぁ、なんて美しい絵なの。この絵を私にくださるんですか?」
「そうです。だってこの絵のモデルはあなたなんですから!」

こうして毎日彼が美しい絵をプレゼントするごとに、二人の仲は深まっていき、やがて二人は結ばれることになります。
ともに貧しい二人でしたが、慎ましい結婚式を挙げました。
その日描いた絵の美しさは、今までのものから比べても群を抜いたものでした。
教会に木漏れ日のように差し込む幾筋もの光と闇のコントラスト、そして画面の中央に聖母のごとく柔らかな光を内から発する娘の姿。
彼の幸せそのものを描き出した傑作でした。

そして二人での生活が始まり、この絵は二人の新居に飾られることになります。
結婚をして、貧しい二人の生活はより一層厳しいものとなりました。
それでも、妻と二人の今の生活に、男は何より幸せを感じていました。
その証拠に、彼の描く絵は以前にも増して光に富んだ明るい色彩をしているのでした。

そんな幸せな日々が幾年も続きました。
そんなある日、男は妻に言いました。
「また白の絵の具がなくなってしまった。明日にでも買ってきてくれないか?」
貧しい二人の家庭にとって、絵の具一つも随分な贅沢です。
壁にかけてある絵を眺めながら妻はふと思いついて、こう言うのでした。
「あなたの絵は明るい印象なのに、ところどころ妙に暗いところが混じるわよね?」
「ああ、そうさ。僕にはそういう色に見えるんだ。」
「でも、そうすると明るい部分を書くのにたくさんの白い絵の具が必要でしょう?だから、今度から暗い部分はあまり濃く書かないで頂戴。」

最初は反発した男も妻に押し切られ、次の日は試しにあまり濃い色を使わずに書いてみることにしました。
出来上がった絵を見ると、やはり男にはどこか物足りないような気がしました。
しかしその絵を見て妻はこう言うのでした。
「あら、なんて素敵な絵!明るい色に満ちていて、幸せな気持ちになる絵だわ。」
そう言われて男はもう一度絵を眺めます。
すると確かに、昔の絵と比べて、更に壁にかけてある結婚式の絵に比べても、明るい色をしたこの絵が一番幸せそうに見えるのでした。

そうして次第に男は濃い色を使った絵を描くのを次第にやめていきました。
日に日に男の描く絵は明るくなっていき、男はこんな風に思うのでした。
「こうしてみてみると、僕はどんどん幸せになっている。なんて僕は幸福な男なんだ。」

それから更に数年たったある日、妻は流行りの病をこじらせて、あっけなくこの世を去りました。
男はその日の夜にも絵日記を書きます。
しかし、そこに妻の姿はありません。
あるのはただ真っ白に塗りつぶされたキャンパス。
そして、その絵を見て男は満足げに微笑むのでした。

行きかえり

このところ、テストやら何やらで忙しくって家と学校を往復するだけの毎日です。
朝、まだまだ眠い体にはまぶしすぎるほどの朝日を浴びながら登校し、夜は10時ごろまで図書館に篭り、帰る頃には昼間と比べて驚くほどの冷え込みに縮こまりながら帰ってきます。

そんな日々の中でも感じることはあるもので

最近朝の日差しが妙に眩しく感じられたり、
今朝、風に吹かれてたくさんの落ち葉が舞い落ちていたり、
さっき図書館から出てきた瞬間、ほんの少し冬の香りがしたことも
要するにもうすぐ本格的な冬がやってくるということ。

そういえば小学生くらいの時にも登校中に同じようなことを見て、
同じように感じていたことを思い出します。
きっと通学路にあった神社でも今頃、同じように木が葉を落としているのでしょう。


帰り道、夜空にはたくさんの雲が仄暗く浮かび上がってたから、
きっと今日は月がきれいな夜なんだと思います。

でも、この家のベランダからでは月も星も見えません。



冬の夜道には、どうしても故郷が恋しくなります。

コミュニケーションとかブログとか

私たちが発する質問の中で、どうしても答えないでいることの方が、自分の意見を伝えてしまうことより正しいように感じられる質問は、とても多いと思います。
そしてそれはしばしば、私たちの存在の根幹に関わるような問題についての質問なのです。
(だからこそ、私たちは歳を取るごとに一番大事な問題に口をつぐむようになるのだし、むやみにそういった話題を口に出すことは避けられるべきであると思われるのでしょう)
こういった質問に対し、自らの意見を相手に伝えると、その意味は致命的な変形を受けた上で相手に伝わります。それはどのような努力をしたところで克服しようのないことです。この種の問題がそれぞれの存在の固有性に深く根ざしたものであるがゆえに、件の意味の変形は起こるのですから。

ところで、私たちが他人と意思疎通を行う場合、多かれ少なかれ私たちの意味するところのものはその伝達を通じて変形を受けます。それゆえ、私たちは普段他人とコミュニケーションをする場合に、相手に伝えることによって起こりうる変形をある程度シミュレートして、それに応じた変形を自らの意味するものに与えた上で相手に伝えていることが多いと思います。(e.g. 相手に良く思われるような振る舞いを無意識的にすることなど。またさらに言うと、集団の中でのキャラ作りをすることなども)
しかしながら、そういった情報の発信は、相手に受け取られる自我像と、自らの持つ(目指す)自我像とのズレををある程度修正することができますが、まさにそれゆえに自分が感じ取るところの自我像と自分の目指す自我像とのズレを拡大させてしまうのです。
だからこそ、昨今多くの人が文章によって語りだしたのだと思います。
すばやい状況の変化が生み出され、対立的な立場に立って進められることの多い会話によるコミュニケーションに対し、文章によるコミュニケーションでは、私たちはしばしば、読者でありながら、文章を紡ぐ側に立っていることがあります。まるで同じ場所にたって同じ景色を眺めるように。
この文章の特性に、私たちは自分の“思ったままを伝える”という幻想の実現を託したのではないのでしょうか?

夏の終わり、その橙

真夏の夕暮れ、それは非常に印象の薄いもの。
傾いた太陽も、真夏では色づくことなく沈み、
昼間と夜の境は一瞬にして跨ぎこされてしまうから。

それから少し季節が巡ると、
夕暮れ時は一面、鮮やかな桜色に包まれる。
ルネッサンスのイタリア絵画さながらのその色は、
まるで何かを祝うかのよう。

そして、やがてくる夏の終わり。
昼下がりの傾いた日差しは、
空一面に広がった、ほんの数滴の橙によってほんのりと色づき、
少し前まで目を焼くほどだった強烈な白色の輪郭は、
ほんの少し、ぼやけて和らぐ。
夕暮れ時の桜色にも、もはや見まごうことのない橙が混じり、
かつての祝祭の予兆は、叶えられることなく失われてしまう。

この橙は、夏を終わらせ、秋を呼ぶ色。
優しいけれど、物悲しい、そんな色。

虫の声の聞こえないこんな町でも、
季節は巡り、夏は終わる。

夏待ち

今日は久々になんてことない無駄話を。


この年になってようやく少しは実感できるようになったこと。
それは、私たちの周りは絶対に解決し得ない問題に満ちていること。
どんなに苦しんで、答えを見つけようともがいても、
ただただ深みにはまっていくだけのように感じることがあること。

それは例えば誰かの言う正義だったり、
あなたのための優しさだったり、
自分のための「意味」だったり。

どうせ穴が開くほどにその問題を見つめたって、究極的な答えに達することができないのなら、
周りから見て問題なく生活していけるような作業的規則をいくつも設けて、それこそが本質であるかのように自分をごまかして生きる方が賢いのかもしれません。
実際もっとずっと若い頃の私はそうやって上手く生きることを目指していました。
もちろん、それだって悪いことだとは思いません。
むしろ社会的な価値を考えればそういった厄介な問題から上手に距離を置けるというのは非常に重要な能力だと思います。
こういった類の問題で悩んでいることを人に悟られるようにしてしまうというのは、
自らの傷を武勇伝とともに見せびらかす行為のような、恥ずべき行為のように思います。

でも、それでも。

あなたの掲げてる「上手く生きるためのコツ」
なんてのは単なる小細工に過ぎないよ。

だから私は、
毎日毎日どうにもならない問題に頭を悩ませて、
にっちもさっちも行かなくなっちゃってる人に、
どうしようもなく愛着が湧いてしまうのです。


そんな人のために、
あなたの抱える苦しみや悲しみを、
お伽噺のようなやさしさと美しさで
包んで和らげてあげられるような言葉がつむげたら
どれほどいいのにと、私はいつも思います。
それはきっとうた。
冬の終わり、はるの訪れとともにふく
やわらかな春風のような韻律。

チープなタテマエ

机の奥にしまいこんだ僕の欲望は
目を背けたまま確かめようとする僕の手垢で
いつの間にか醜く黒ずんでた



心ばっかり見つめて、
その現実の在り方から目を背けるんだったら
息詰まるのも当たり前だよ



何でそんなに嘘をつくのか
何でそんなに取り繕うのか



当たり前だと君は言うかもしれないけど
たまには確認したくもなるのです。

愛の幻想とあなたのはんぶん

 あるふかいふかい森のおく
 ひとりの魔女がひっそりと、誰にも会わずに暮らしていました。

 ある朝、魔女が泉に水をくみに行くと、
 そこには、傷ついた一人の兵士が倒れていました。

 「どうしたのですか?」
 「だいじょうぶですか?」
 なんども魔女はくりかえします。
 けれども兵士は、少しも返事を返しません。

 心配になった魔女は、
 男を家へ連れて行き、看病することにしました。

 魔女のねっしんな看病と、「ちゆ」の魔法のおかげで、
 やがて男は目をさまします。

 「ここはどこ?」男はたずねます。
 「私の家よ。あなたは近くの泉で倒れていたの」
  魔女は少しはずかしそうに答えます。
 「助けてくれてありがとう」
  男は心から感謝して言いました。
 「おれいに少しのあいだ、ここでお手伝いをさせてくれませんか?
  力仕事ぐらいしかできませんが、おんがえしがしたいのです」
 最初、魔女は突然の申し出にとまどいましたが、
 男の真剣で、まっすぐな目を見て、お願いすることにしたのです。

 こうして、森のおくでのふたりのくらしが始まりました。

 男はまいにち、みずくみやまきわり、くさむしりなど、
 朝から晩まで、せっせせっせと働きます。
 
 いっぽう魔女は、ひるまはねっしんに魔法のけんきゅうをし、
 夜にはとびきりおいしいごはんをつくって男の労をねぎらいます。

 そんな日々のなか、
 魔女のすこしかげりをもった美しい横顔や、透き通るような白い肌、
 きぬいとのようなさらさらした長いかみに
 男は見とれてしまうことが多くなってきました。
 そう、男はしだいに、
 魔女にこいごころを抱くようになっていったのでした。

 魔女のほうでもそれはおなじことで、
 はじめてみるわかい男のたくましさに、
 魔女は日々こいごころをつのらせていくのでした。

 そしてある日の夕食のとき、ついに男はきりだします。

 「ぼくはどうやらあなたに恋をしてしまったようです。
  もしよかったら、
  これからもぼくといっしょに暮らしてくれませんか?」
  魔女は笑顔で答えます。
 「よろこんで!
  私もあなたにそうおねがいしようとおもっていたところだったの」

 こうしておたがいのきもちを確かめあったふたりは、
 ささやかだけれどもしあわせな日々をかさね、
 日に日に愛を深めていくのでした。

 そんな日々がずっとつづくように思われたある日、
 魔女はとつぜんしんけんな顔で男にたずねます。

 「ねぇ、あなた。ひとつおねがいがあるの」
 「なんだい?言ってごらん」
  魔女のただならぬようすをいぶかしく思いながら、
  男はたずねます。
 
 そして、魔女はこういいました。

 「あなたのはんぶんをわたしにください」

 「かわりにわたしのはんぶんをあなたにあげます」

 「わたしの魔法で、それができるの」

 「わたしはあなたで、あなたはわたしになる」

 「そうすれば、わたしたちはいつでもひとつ」

 「おねがい、わたしはさみしいの」




 あまりのことにおどろいた男は、
 とっさに走ってにげだしてしまいます。

 そして、気がついたときには
 男は森の外にまで出てきていたのでした。

 そのあと、いくらさがしてみても、魔女の家はみつかりません。
 
 もう二度といとしい魔女に会えないことを知った男は、
 ふかいふかいかなしみの底で
 「じぶんのはんぶん」を失くしたようなくるしみを味わうのでした…

久しぶりに、いろいろと‥‥

この春は旅行やら引っ越しやらでドタバタして、かなり久々の記事になってしまいました、申し訳ありません。
ようやくインターネットも開通し、生活も落ち着いてきたので、ここ最近心に響いた物事をつらつらと書いていってみようと思う次第です。

今日の記事は本当に長くなってしまいました。
基本的に個々の独立した話題がいくつか書いてある形になっていますので、数日にでも分けてゆっくり読んでやってください。

まずは映画の話題。
初めて見たのはだいぶ前になりますが、新海誠監督の「秒速5センチメートル」
新海監督の作品は以前から注目していたのですが、今回の作品は予告編で見て、半年以上前から楽しみにしていたほどに期待していた映画でした。
大きな期待を抱いて見に行ったものには概してがっかりさせられることの方が多いように思いますが、この映画についてはそんなこともなく、期待通りの素晴らしい映画で、今日もう一回見に行ってしまったほどです。
私が新海監督の作品を好きな理由は、やはりその映像感覚によるところが大きいと思います。新海監督の映像は、とてもロマンチックで美しいのは言うまでもなく、さらにどこか「懐かしさ」を感じさせてくれるもので、私はいつも見るたびに記憶の断片が呼び起こされるような気がするのです。
そして、ただ懐かしいだけでないこの映画の魅力は、主人公のこのセリフに凝縮されているように感じました。

「ただ毎日を生きているだけで、悲しみはここそこに降り積もっていく。」

そんな毎日を過ごして、少しずつ擦り減りながら暮らしていく私たちの日常の投影図が、とびきり美しい映像に彩られて、そこにはあります。号泣することはできないけど、ただ、ひっそりといつも私たちの隣にある悲しみに、優しい目線を投げかけている、そんな映画です。
もうすぐシネマライズでの公開はもうすぐ終了ですけど、何か機会があったら見てみてはいかがでしょうか。お薦めです。

ちなみに、現在シネマライズでやっているもう一つの映画、「善き人のためのソナタ」
こちらも非常にいい映画でした。一つの物語としての完成度が非常に高く、質の高い、良い映画のお手本のような作品でした。これは万人に安心して勧められる映画のように思うので、こちらもお暇があったら見に行ってみてはいかがでしょうか?

突然ですが‥‥
皆さんは「影」というものは「光」と「闇」のどちらに属するものだと思いますか?私はきっと「光」のように思います。そんなことを考えた日のことが次の話題。

今月の初めに六義園にしだれ桜を見に行こうと思って出かけた時の話です。
自転車で六義園に向かっていたんですが、さんざん迷った挙句になぜか旧古河庭園にたどりついてしまい、ついでということで先に旧古河庭園を見て行くことにしたんです。
庭園に入って右手に見える洋館を超えた先に満開の桜が見えたので、私はそちらから庭園を回ることにしました。
満開の桜をひとしきり眺めて、今年もきれいな桜を見ることができたことに満足と安堵を胸一杯に感じました。やっぱり桜の時期はどうしても一回ゆっくりと桜を眺めないと落ち着かないのは、不思議なようにも、面白いようにも感じました。
で、ようやく本題。
そこから先に進むと、背の高い木が両脇に立ち並ぶ、明るい散歩道のようなところに出ました。この日は風が強い日でしたから、風が吹く度に新緑のやわらかな葉たちがざわざわと音をたててゆらめき、視界はさわやかな明るい空気で満たされました。あまりに気持ちよかったので、そこで十分ほどゆっくり耳を澄まして立っていて、ふと気がついたんです。このキラキラと輝く明るさは、風にゆらめく葉っぱの作る影こそがその本質なのかもしれない、と。だから、影は実は光の否定ではなく、光のその本質を際立たせるような存在なのかもしれない、と私は思うのです。

次の話題に行きます。
私がいつも文章に書いて伝えたいと思って、失敗してしまうものに、「雰囲気」というものがあります。
私はいつだって物事を取り巻くその雰囲気や空気の触り心地といったようなものに、非常に重きをおいて対象をとらえようとします。
しかしいざそれを表現して、誰かに伝えようとすると、いつだって私の書いた文章は愚直な表現なくせに冗長で、それでいてその本質にはほんの少しかすりさえしていないようなものばかりになってしまいます。
千の言葉を使って、手で握りしめてほんの細部も逃さないようにして描写しようとすればするほど、その結果は暗澹たるものになってしまいます。
でもそれは、私が「雰囲気」を感じ取る、その方法をよくよく考えてみれば、当り前のことでした。「雰囲気」はいつだって私がある対象を見つめる、その周囲に、背後に、いつのまにかあらわれているものであって、私がそれに目を向けようと思った瞬間、それは消え去ってしまうのです。それを「見つめない」ことによってしか現れない「雰囲気」を直接押し込むように表現しようとしてもうまくいくわけがなく、それは対象を描写するその仕方にこそあらわれるべきものなのかもしれない、と思うのです。
とはいえ、そんなこと口で言うのは簡単だけど、実際そんな文章を書けるようになる日が来るのかは、かなり怪しいところがありますけどね‥‥。

まだまだ続きます。

私が以前からずっと感じていたものに、「絶望の雰囲気」とでも呼ぶような感情がありました。いつも私に付きまとっていた、つかみようのない鬱屈した感情のようなものです。
しかし、今になって思えばそんな感じ取り方は完全なる自己欺瞞だったと言わざるを得ないように思うのです。なぜなら、私は実際に絶望しているのだから。キェルケゴールは私に教えてくれました。私がいかなる時においても、確かに絶望している、ということを。
そして、なんと滑稽なことに、私はその絶望それ自体をはっきりとは認識していなかったのにもかかわらず、半ば無意識的にその絶望に対する対処行動を取っていたのです。
こうして以前から私を悩ませていた問題は、得体の知れない、解決不能な問題から、解決不能ではあるけれど、ある程度対処可能な問題へとひとまず落ち着いてくれました。

ところで、こういった経験をすることで、以前にも増して本を読むことが楽しくなってきました。音楽は昔から大好きでしたし、映画や絵画も私の大好きなものたちです。でも、私が将来進もうと考えている道から考えてみれば、正直、これらのことは「道草」以外の何物でもないようなものたちなのです。さらに、そういったものこそどうも楽しく思えてしまうのだから困ったものです。
それで、私はここのところずっと悩んでいました。「こんなことしていていいのか。」「こんなことばかり楽しく思うんなら、実はお前の『本当にやりたいこと』なんてのは嘘っぱちなんじゃないのか。」
そうやって自問自答を続けて、私はこう思いました。
「進むべき道あっての道草なんじゃないのか?」
つまり、ひとつ基本の筋として自分の中で目標があるからこそこういった道草が楽しく思えるんじゃないのか?ということ。実際、去年一年間は目標も見失いがちで、そんな時は本も音楽も映画も絵画も、それらに向けての適当な距離感を失って上手く楽しめてなかったように思うのです。
そんな中、三年生になって、いよいよ目標に向けた道筋がはっきりと見えてくるに従って、逆に道草が以前に増して面白く感じれるようになってきた気がするのです。
だからこそ今は、上に挙げたようなスタンスを大事にして、本筋も道草も、どちらも楽しんで生活していこう、と思うのです。


無駄にだらだらと長かった今回の記事、ここまで読んでくれた方、どうもありがとうございました。
今回はしっかりコメント返信するので、どんな些細なことでもお気軽にコメントを残して行ってくださいな。
ではまた。

成人式の日

同窓会の三次会、カラオケでのオールからの帰り道。
午前五時、冬の山梨の夜はまだまだ明けない。
タクシーもつかまらないこんな時間だから、
懐かしい道を僕たちは歩いて帰った。
お昼にほんの少し舞った雪の作った水溜りは、
氷点下に冷え込んだそのときには凍ってしまっていた。
深く吸い込むと鼻を焼くほどに冷え切った空気は、ピンと張り詰めて澄み、
見上げる夜空には満天の星空。
時折吹く風と響く足音が印象付ける深い静寂の中、
懐かしい友人たちと他愛もない話を性懲りもなく続ける。

二十歳になった友人のしぐさや喋り方が、
記憶の中のそれにちらちらと重なって見えるとき、
僕の胸は懐かしさでいっぱいになって、
当時の感情や風景を鮮やかに思い出す。

そして僕は時に、そんな友人たちの笑顔の成長に、
彼らが見た、それぞれの光と影が垣間見えた気がしたんです。



僕は、これから先もずっと、この日に感じたいろいろな感情を、
絶対に絶対に忘れたくないと、強く願いました。



こんな一日はもう二度と訪れないだろうけど、
肌を刺す冷気と静寂と満天の星空が、
時に及んでその感情を呼び起こしてくれたら、と、切に願う。

秋空のさわりごこち

秋空の雲は美しい。

優しく、どこまでも透き通った青色をした大きな空のキャンバスの上で、
秋空の雲は、幾千もの滑らかな曲線と白色の濃淡を描き出します。
大きな箒で空を一掃きしたようなその造形は
力強く、ダイナミックで、それでいて細部まで技巧的とさえいえるほど繊細に描き出されています。
また、それらは眺めているそばからゆっくりと形を変え、
差し込む日の光も夕暮れの時刻が近づくにつれ、刻一刻と色調を変えていきます。
家の窓際に置かれたベットに寝そべって、昼下がりと夕暮れの合間の時間をぼんやりと眺めながら、
そうやって様々に変化していく空の表情に、思わず見入ってしまいました。


この季節の空気は、軽やかで、繊細な感触がして、気持ちがいいですね。

大都会、君の隣で。

にぎやかな夜の大都会を歩いて思う。

こんなにも夜を明るくして、騒がしくして、

きっと、夜の持つ寂しさや怖さとかを追いやろうとしているんだろうと。

そして、そうやって追い出してしまったからこそ、

この街では一日中いつだってなんだか寂しい気がするのかな。

夜に集約されていたはずの濃密な恐怖が、

引き伸ばされて、常に希薄にただよう寂しさになる。



こんな街だから、私は歩くときにいつも、
なんだか難しい、引きつった顔になってしまいがち。

でも、

そんな気がするからこそ、私は笑顔でいたい。
隣にいるあなたの気持ちが、少しでも和らぐような、
そんな笑顔でいられる人になりたい、かな。


やっぱり、もっと強くなりたい。

むだばなし

今日、旅行中にたまった洗濯をいっぺんに済ませました。
脱水のすんだ洗濯物を抱えてベランダに出ると、風からは金木犀の匂い。
ああ、もうそんな季節なんだ、と、秋の到来をしみじみと感じて、
こんなクソみたいな都会のマンションのベランダにまで季節の便りを届けてくれた律儀な花のことに思いを巡らせて、少し感謝しました。






花が咲く、花が散る。
葉が茂り、紅葉し、やがて散る。
春が来て、夏になり、秋が過ぎ去り、冬になる。
そして、繰り返す。


時の流れ。


髪が伸び、つめが伸び、
僕らはだんだんと年ををとる。



今日は昨日になり、そのうち遠い過去の彼方へ。


記憶は薄れていく。

過去は生々しい色彩を失う。


どんなに大きな重い苦しみも、空へ飛び上がれるほどの喜びも、
やがては薄れて思い出の中の1ページ。



どんなに大切な想いだって、
そういえばそんな風に思ってたこともあったなー、
なんて。



そして、約束は嘘に、信頼は裏切りに。


時の流れは残酷なんだろうなぁ。






このブログ、意味わかんないですか?
原因は、分かってるんです。
私がここで書く文章には、確実に欠けているものがある。
それは、具体性。
「物事を描くとは、接近し、切断することである」
とおっしゃった先生がいらっしゃいました。
この言葉を借りるなら、
私は対象に接近も、切断もせず、型を取るようなことばかりしているんです。
だから、私が差し出すものは、その抜け殻。
多くの場合、私がここで書くのは、私自身の心の動き。
つまり、似たような感情を経験したことのある人なら、ジグソーパズルのように楽しむことができるかもしれないけど、そんな人のほうが少ないと思います。
だから、意味わかんないほうが普通なのかもしれません。
それでも、もしこのブログを少しでも楽しんで読んでくださる方がいらっしゃるとすれば、それはこんな乏しい内容についてではなく、その抜け殻の質感、とでも言えるようなものに対してなんじゃないでしょうか。直接的な言い方をするならば、言葉遣いがなんとなく好き、といった具合に。

伝えたいこと、きっとあるのにな。
こんな言葉じゃ、伝わらない。



無駄話、以上。

ただいま、日本。

今日(昨日のほうがしっくりくるかな?)、14日間のヨーロッパ旅行から帰ってきました。行き先は、イタリアとフランスです。

ありがとう。ほんとうに、いい経験をすることができました。
旅行先の文化の様々な片鱗に触れて、たくさんのきれいなものを見てきました。

旅行記を書いて掲載してもただ冗長になるだけだと思ったので、とりあえず今はやめておきます。
今回の記事の最後に旅行の行程を書いておきますので、もしどこかの感想とか聞きたい人がいらっしゃいましたらコメントででもリクエストしてくれれば、お話ししますね。
あ、でも、所々書いたら投下するかも。そこらへんは未定です。

えっと、まず、一緒に旅行に行った5人、本当にありがとう。
なんだかんだでほんと楽しかったです。今回の旅行はきっといい思い出になると思います。


ここからはちょっとした世間話。

今回の旅行、充電できないの分かってるのにipodを持っていきました。結局電池残量が気になって向こうにいる間はまったく聞かず、完全に無駄したなー、とか思っていたんですが、
帰りの飛行機、あと30分、もうすぐ日本に到着する、というところで久々にipodの電源を入れました。そして、ホイールをくるくる回して、
  『Let Down』 Radiohead
飛行中の風を切るノイズの中聴き始めた瞬間、やっぱり持ってきてよかったな、と思いました。
万華鏡のきらきらめぐるようなノスタルジックな音に包まれて、この14日間の思い出がきっとかけがえのないものになることが、はっきりと感じられました。曲を聴きながら、14日間を思い出としてきれいにラッピングしていくような感覚です。
さらに数曲聴きながらこの旅行を思い返し、最後に、
  『Race For The Prize』 The Flaming Lips
きれいにラッピングした思い出を虹色に彩って、耳からイヤホンをはずしました。


もう一つ小話。

そういえば、成田を発つときは夕方で、帰ってきたのは夜だったんです。なんだか、今回の14日間はその間のたった数時間のことだった、なんて考えてみたり。要するに、なんだか夢の中の出来事みたいなのかも、良くも悪くも。



以下、日程表。
一日目(ローマ)
6時35分にフィウミチーノ空港到着。レオナルドエクスプレスでローマ入り。
コロッセオ→フォロ・ロマーノ→カンピドーリオ広場→ヴィットーリオ・エマヌエーレ二世記念堂→真実の口→パラティーノの丘→カラカラ浴場→サン・ジョバンニ・イン・ラテラーノ教会→サンタ・マリア・マッジョーレ教会
二日目(ローマ)
サンマルコ広場→サンピエトロ大聖堂→サンタンジェロ城→ナヴォーナ広場→パンテオン→サンタンドレア・デッラ・ヴァッレ教会→ジェズ教会→フォロ・トライアーノ
三日目(ローマ)
ヴァチカン博物館→ポポロ広場→サンタマリア・ディ・モンテサント教会(双子教会)→買い物しつつ移動→サン・カルロ・アル・コルソ教会→スペイン広場→トレヴィの泉→骸骨寺→サンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会→ディオクレツィアーノの浴場跡
四日目(フィレンツェ)
早朝にユーロスターでフィレンツェ入り
中央市場→アカデミア博物館(ダヴィデ像)→サンティッシマ・アンヌンツィアータ広場→ドゥオーモ→シニョリーア広場→ヴェッキオ橋→パラティーノ博物館(ピッティー宮)→ウフィッツィ美術館
五日目(フィレンツェ)
メディチ家礼拝堂→ジョットの鐘楼→ドゥオーモ(クーポラ)→サンタクローチェ教会→ミケランジェロ広場→サンタ・マリア・ノヴェッラ教会→サン・ロレンツォ教会→蚤の市を見て回る
六日目(ヴェネツィア)
午前中にユーロスターでヴェネツィア入り
サンマルコ広場→サンマルコ大聖堂→広場でお茶(カフェ・フローリアン)→サンタ・マリア・ディ・ミラーコリ教会→サン・ジョバンニ・エ・パオロ教会→ゴンドラ→リアルト橋→魚市場の前で夕食
七日目(ヴェネツィア)
アカデミア博物館→サンタ・マリア・グロリオーサ・ディ・フラーリ教会→サン・ロッコ教会→サン・ロッコ大信徒会→ドゥカーレ宮→鐘楼→サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会
八日目(ミラノ)
午前中にIC(インターシティ)でミラノ入り
ドゥオーモ→ヴィットーリオ・エマヌエーレ二世のガッレリア→スフォルツェスコ城→サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会(最後の晩餐は見れず)→サンタンブロージョ教会
九日目(ミラノ)
レオナルド・ダ・ヴィンチ科学技術博物館→ブレラ絵画館→ヴァカルディ・ヴァセッキ博物館→ポルディ・ペッツォーリ美術館→スカラ座博物館→サンタ・マリア・プレッソ・サン・サティーロ教会→アンブロジアーナ絵画館→ナヴィリオ運河
十日目(パリ)
早朝に夜行列車でパリ入り
ヴェルサイユ宮殿→ノートルダム大聖堂→エッフェル塔
十一日目(パリ)
サント・チャペル→シャンゼリゼ通り→凱旋門→ロンシャン競馬場(凱旋門賞観戦)→オペラガルニエの付近で夕食
十二日目(パリ)
ルーブル美術館
5時45分シャルルドゴール発

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